565中室勝郎著『なぜ,日本はジャパンと呼ばれたか――漆の美学と日本のかたち――』

書誌情報:六曜社,244頁,本体価格2,800円,2009年11月7日発行

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著者は,文化年間創業の輪島屋善仁(ぜんに)8代目の当主だ(→http://www.wajimayazenni.co.jp/)。「漆カフェサロン花ぬり」,「沈金庵」,「塗師の家」,岩手二戸での漆植林など「漆芸プロデューサ」でもある。
通名詞 china は陶磁器を,japan は漆をそれぞれ表すことはよく知られている。16世紀に日本にやってきた西洋人(スペイン,ポルトガル人)は蒔絵を,蒔絵を施した漆器を漆文化の国の特産品としてジャパンと呼んだ。「チャイナが陶磁器で中国であると同様に,ジャパンは漆器で日本となった」(25ページ)。
縄文時代に遡り土器食器から漆器への転換を「魂の器の始原」とする。縄文の遺品が9千年も変わらない輝きを持つことに日本人の「魂の器」たるゆえんをもとめる。地場産業の輪島塗から技術・材料の集積型漆器産業の背景をさぐり――輪島塗は漆器産業で唯一国指定の無形文化財であり,漆器づくりのみを行っている大規模産地――,新しい日本のかたちを俳句に見ている。西洋の食器は原則として手で持ち口につけることはない。日本のそれは手で持ち口につける。日本人の食器が漆器だったからだという。
日本人が漆器を必要としなくなった生活環境を当然のように受けとめている現状から,21世紀前半には漆器文化がなくなってしまう危機感を募らている。だが,著者の見方は違う。「漆器業にある者が,漆の本質を追究し,現代に投影する物づくりを行ってこなかったことを原因と考えている。環境に左右されるままでなく,漆の本質を知り,逆に漆を必要とする環境を創造する物づくりが足りなかったからだ」(17ページ)。漆器制作者による漆の美学の追究は,日常雑器に理想を見た柳宗悦と交差するのだろうか。
ちなみに,経済産業大臣指定伝統的工芸品のうち漆器は,津軽塗青森県),秀衡塗(岩手県),浄法寺塗(岩手県),鳴子漆器宮城県),川連漆器秋田県),会津塗(福島県),鎌倉彫(神奈川県),小田原漆器(神奈川県),村上木彫堆朱(新潟県),新潟漆器新潟県),木曽漆器(長野県),飛騨春慶(岐阜県),高岡漆器富山県),輪島塗(石川県),山中漆器(石川県),金沢漆器(石川県),越前漆器福井県),若狭塗(福井県),京漆器京都府),紀州漆器和歌山県),大内塗(山口県),香川漆器香川県),琉球漆器沖縄県)である(→http://www.kougei.or.jp/crafts/bytype-index.html)。Japan のなかの japan は零細ながらもまだ可能性を持っている。