842淡野弓子著『バッハの秘密』

書誌情報:平凡社新書(676),262頁,本体価格840円,2013年3月15日発行

バッハの秘密 (平凡社新書)

バッハの秘密 (平凡社新書)

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7章構成はバッハ作品によく見られるシンメトリーである。シュヴァイツァー,ベッセラー,エッゲブレヒト,ブルーメ,シュティラーらのバッハ像の検討を真ん中の第4章に配して,前後の第3章と第5章に二大傑作《マタイ受難曲》と《ロ短調ミサ曲》を,カンタータについては第2章と第6章で教会カンタータと異色のそれを,第1章と第7章にはバッハの生涯と音楽(とくに作曲)の技法を,それぞれ扱っている。
ロ短調ミサ曲》に生かされたかもしれないという写譜の発見以前に刊行された本書の解釈はなるほどと思う。「バッハは終始「普遍的」な事柄を「音楽」で表現するとどうなるか,ということを求め続けており,いよいよ人生の最終段階で,作曲の究極は「フーガ」にあり,との結論に至ります。また歌詞は地方性の強いドイツ語よりラテン語のほうが「普遍的」であり,さらに時代によって左右されるコラール歌詞やカンタータの台本より「ミサ通常文」に普遍性を見いだしたのでしょう」(58-9ページ)。
対位法,数字14と24の意味,フラットの象徴,神と音楽,純正律平均律,古様式と近代和声など音楽の修辞学的解釈を散りばめ,「われわれが神を造り出したのではなく,神がわれわれを創り給うた」(256ページ)バッハを甦らせている。
著者が薦める『聖書』を手元におくほど,また丸山眞男が実践したスコアを読むほどキリスト教にも音楽にも素養がない(=たんなる音楽愛好者)評者には,出来すぎた本だった。バッハ作品のドイツ語名表記も指揮者にして歌い手でもある著者のこだわりを感じた。バッハを聴いているかのように本書を読んだ。