136ドイツ図書384冊展特別講演会

昨日,放送大学30周年記念「松山の歴史発見」を聴いた。
第1次世界大戦時に中国・青島を租借地にしていたドイツに宣戦布告し,2カ月半後ドイツの降伏とともに,ドイツ人捕虜4,715名を日本に輸送し,現地に青島守備軍司令部を置いた。
日本に送られたドイツ人捕虜(俘虜)のその後と青島守備軍司令部から創立間もない旧制松山高等学校に「寄贈」されたドイツ図書384冊についての講演だった。
瀬戸武彦(高知大学名誉教授)「日独戦争と日本に来たドイツ兵俘虜」は日独戦争の経緯と俘虜群像を主題にしたものだった。全国16カ所の俘虜収容所*1について,①技術指導名目の労役はあったが強制労働はなかった,②軍人同等の給与待遇だったこと,③一ヶ月3通無料の郵便(俘虜郵便)が使えたこと,とまとめ,ジークフリート・ベルリーナ,ヘルマン・ボーナー,カール・フィッシャー,ハインリヒ・フロイントリープ,カール・ユーハイム,フリッツ・ルンプ,ヘルマン・ヴォルシュケらのちに名を残した俘虜を紹介していた。『青島から来た兵士たち――第1次大戦とドイツ俘虜の実像――』(同学社,2006年6月,[isbn:9784810204506])――評者未読――に詳述されているようだった。
森孝明(愛媛大学名誉教授・放送大学愛媛学習センター長)「日独戦争にまつわるドイツ図書と松山高等学校初代校長由比質の苦労」は,当初523冊配分予定の図書が384冊になったことを中心に由比と陸軍省との交渉から明らかにしたものだった。当時の陸軍が「戦利品」としてドイツ図書を帝国大学や高等学校に「配分」した経緯を知ると,複雑な思いがする。
帝国大学・高等学校に「寄贈」された図書のうち,当時の冊数の現存が確認されているのは第四高等学校(金沢大学)と松山高等学校(愛媛大学)だけのようだ――ただし,前者では357冊中3冊,後者では384冊中5冊が所在不明――。
これに合わせて,『「青島守備軍司令部」寄贈ドイツ図書目録(愛媛大学図書館所蔵)』(森孝明編集,愛媛大学図書館,2013年11月,非売品,54ページ)が発行された。これを眺めていると,数少ない経済書に Böhm-Bawerk, Eugen von, Kapital und Kapitalzins の3冊がある。初版本ではなく,1900年,1909年,1912年発行のものだ。





*1:久留米,熊本(久留米へ移転),東京(習志野へ移転),姫路(青野原へ移転),大阪(似島へ移転),丸亀(板東へ移転),松山(板東へ移転),福岡(久留米,青野原,習志野等へ),名古屋,徳島(板東へ移転),静岡(習志野へ移転),大分(習志野へ移転),習志野,青野原,似島,板東である。