006森岡孝二著『日本経済の選択――企業のあり方を問う――』

書誌情報:桜井書店,277頁,定価2,400円,2000年9月5日
初出:メールマガジン『日本国の研究 不安との訣別/再生のカルテ』2001年4月 27日発行,第 24号
再録:森岡孝二のホームページ

日本経済の選択―企業のあり方を問う

日本経済の選択―企業のあり方を問う

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行動する経済学者の企業改革論

書店では昨秋以来日本経済の先行きを悲観的に論じるいわゆる「破綻警告本」が平積みとなって並べられ,軒並み3万部以上の売れゆきだという(『朝日新聞』2001年2月18日付けの特集「ウイークエンド経済」第729号)。現実が本に近くなる怖さが背景になっているとはいうが,なるほどバブルと不況は決して他人事ではなく,日常の関心事になっていることの証ではある。政府や日銀,大蔵省の政策がこれほどまで国民の関心を経済や経済学に引きつけたのだから,「警告本」の真の仕掛人として印税の何割かは国庫に入ってしかるべきかもしれない。
著者は,独占理論や現代資本主義論を専門にする経済学者にして,過労死問題を通じてコミットすることになった株主オンブズマンの代表でもある。株主オンブズマンとは「株主の地位を高め,企業の違法・不正な行為を是正し,健全な企業活動を推奨する目的」で1996年に設立された非営利市民団体である(詳しくはhttp://www1.neweb.ne.jp/wa/kabuombu/参照)。理論家としてまた実践家としての両者を総合して「カンパニー・キャピタリズム」のモラル・ハザードを告発し,企業改革論を展望したのが本書である。「破綻」「崩壊」「再生」と銘打った類書と違うのは,現在の日本経済の危機的状況をまねいた原因を指摘しただけでなく,市民的行動の延長線で改革論を提起したことだ。
評者の問題関心に合わせて本書の構成を分解すればほぼ以下のようになろう。企業システムと金融システムを論じてバブルと不況を生み出した日本経済の実態を抉った章(第1章,第2章,第3章),雇用システムの特徴を労働時間短縮の課題と結びつけて論じた章(第4章,第5章),そして株主代表訴訟の経験を踏まえて「市民による企業の制御」を提起した章(第6章,第7章,第8章)。いずれの章においても必要最小限の資料が使われ,事実の確認と論証は要を得ている。長時間(著者は超長時間とも表現)労働や株主代表訴訟の実態例は,著者が実際に関わった事例であるだけに貴重だ。
現在の不況をどうみるか。この点では著者は,故宮崎義一の「複合不況」論(長期的不良債権処理と短期的在庫調整)を支持し,同時に企業統治(コーポ-レート・ガバナンス)の欠陥によって増幅されたとする「システム不況」あるいは「ガバナンス不況」ととらえる。今時不況が日本的経営システムの危機と変容をともなっていると理解することで,著者の企業改革論は意味をもつ。企業改革論ではあってもけっして企業解体論でもない,いたずらに「体制的」危機をあおることで資本主義を一方的に批判するのでもない。企業中心社会への警鐘と転換の提起は著者の不況論と結びついている。
「企業改革は株式会社改革抜きには現実性をもちえない」(233ページ)。著者はこう断言し、改革の主体にも注視している。市民参加型と一言であらわすことができるが、株主代表訴訟の例にみられるように訴訟の主体は株主であっても,経済的利益をえるのは企業であるかぎり,「会社のために,ひいては社会のために」(206ページ)強い倫理性をもとめられる主体である。「現代の市民社会論」(247ページ)はこうして著者によって「市民による企業の制御」として展開される。1000万人を超える個人株主に,「社会的責任や倫理的投資の見地」(246ページ)に立つことを希求することで,はたして企業改革論は成功するか。日本経済の選択は,少なくとも個人株主の選択にかかっていることになる。
本書に先立って同じ著者によって出版された『粉飾決算』(岩波ブックレットNo.498,2000年1月)では,経営者に「市民社会に通用するあたりまえの経営倫理」(62ページ)をもとめた。「あたりまえ」のルールを企業改革論に援用するかぎりでは,本書も「あたりまえ」の企業改革論の提示かもしれない。企業や経営者はルールを遵守せよ,「ワーク・ルール」,「人権ルール」(以上第4章),「株式会社や市場経済のルール」(第6章)がその具体化であるからである。しかし,企業が社会的責任を果たしているかどうかを問う改革論は,「信義誠実」(民法第一条)や「公序良俗」(同第九〇条)を企業にもとめることにおいて企業社会の意義を認めようとする著者の積極的な意見の表明である。指摘されている障害者雇用,女性登用の問題にとどまらず,本書では対象としていない動物実験軍事産業とのかかわり,国際的視野も視野に入れれば児童労働や過酷な労働条件などは,企業改革論の内容となり,企業の社会的責任問題と結びついていくにちがいない。
著者が切望する「人間中心に回る社会」=「21世紀の日本経済の針路」(266ページ)は,市民参加型によって切り開かれるしかないだろう。だが,株主代表訴訟が市民参加型のひとつではあっても,すべてではないことははっきりしているし,著者も同じであろう。企業のあり方が問われていると同時に市民参加のあり方も問われている。

粉飾決算 (岩波ブックレット)

粉飾決算 (岩波ブックレット)