014大村泉・窪俊一・V.フォミチョフ・R.ヘッカー編集『ポートレートで読むマルクス――写真帖と告白帖にみるカール・マルクスとその家族――』

akamac2007-03-18

書誌情報:極東書店,618頁,2005年4月15日,全2巻,本体価格7,282円,12,000円(ISBN:4873940028),CD-ROM付き15,000円(ISBN:487394001X
初出:『図書新聞』第2731号, 2005年6月25日

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デジタル・マルクスの壮大なこころみ
140年前のマルクス一家が一望のもとに:日本・ロシア・ドイツの研究者による日独同時出版
「写真帖」はマルクスの次女ラウラのアルバムであり,結婚記念に友人から贈られた。「告白帖」は長女ジェニーのものである。両者ともに1960年にジェニーの孫から旧マルクスレーニン主義研究所に寄贈されたものであり,現在は「ロシア国立社会=政治史アルヒーフ」に所蔵されている。この事実と内容については,さまざまな出版物でそれぞれ一部紹介されてきたものである。伝承されているそのままの姿で再現されたのは文字どおり世界初である。
「写真帖」は螺鈿(らでん)と琥珀(こはく)のモザイク模様の表紙などの外観のほか,写真41枚をふくんでいる。このなかには,本書によってはじめて確定されたいくつかの事実がある。これまでマルクス家の家政婦ヘレーナ・デームートの写真(じつはエンゲルスの妻の姪メアリー・エレン・バーンズのもの),マルクスの妻イェニーの写真(じつは別人)などがそうである。1860年代半ばから1883年まで(ラウラ20歳前後から38歳までの時期)のマルクス一家をとりまく多数の写真は,ようやく焼き増しを可能とする写真技術の発展のたまものであった。また,マルクス本人,妻,娘,義弟,女婿,叔父,甥,友人などの写真には,写真家,写真館の名前や住所,追加注文をみこした登録番号も記入されており,社会史の一端を写しだしてもいる。
「告白帖」は1865年2月から72年10月までのもの(ジェニー21歳から28歳までの時期)で,当時流行した質問者の問いに答える一種の遊びであった。マルクス本人のものをふくめ65点とマルクス家を訪問した友人・知人たちの自筆原稿20点がその内容だ。外観についても再現されている。マルクスの母や姉妹,妻イェニーの兄弟,愛犬ウィスキー(ラウラの筆跡による質問票。「写真帖」にもウィスキーが登場している),ワーズワースゲーテからの抜粋,交流のあったハイネからの短い手紙二通もある。ジェニーを介したマルクスのさまざまな交流のほどがうかがわれる貴重な資料である。大部分がはじめての公表である。すべてについて再現され,解読され,詳細な解説がほどこされている。
本書に付されたエッセー,アルヒーフの概要,家系図も用意周到である。「写真帖」「告白帖」の再現にとどまっていない本書のオリジナリティーをあらわしている。
本書の出版は,いくつかの新しい挑戦をふくんでいる。まず,編者たちの研究の積み重ねによって貴重な歴史的資料がはじめて公刊されたこと。さきのヘレーナ・デームートの写真の一件は本書なくしてありえなかった。CD-ROMに収められたデームートの子供の父親にかかわる資料(出生証明書,マルクス説を補強するカウツキー書簡,調査記録のオリジナル画像と解読・解説)も,ありのままのマルクスを照射していよう。それでもなお,「写真帖」「告白帖」の人物や事項についてすべて解明されているわけではない。「カール・マルクスの遺産を客観的に,公正に,真に学術的に研究する」(アルヒーフ所長キリル・アンダーソン)出発点がようやく据えられたということができる。
つぎに指摘できる新しい挑戦とは,今後予定されている各種デジタル出版の嚆矢であること。編者のひとり大村は,国際マルクス・エンゲルス財団のもとで進行中の『マルクス・エンゲルス全集』(全113巻)のうちの2巻を編集する代表者でもある。本書はこの全集を拡充補完するものであり,アルヒーフ所蔵の100点をゆうにこえる『共産党宣言』各国語版,マルクス自筆書き込みのある『資本論』第1巻ドイツ語第2版と同フランス語版,さらには東北大学附属図書館蔵のマルクス手沢本『哲学の貧困』(試作は一部東北大学ホームページで公開中)などがデジタル版で刊行される。デジタル版は,原本にかぎりなく近い再現を可能にするとともに,ごくかぎられた「専門家」にしか触れえなかったというアカデミックおよびイデオロギー的障壁を一気にとり崩す。21世紀になって実現した壮大なこころみということができよう。
オリジナル画像とフレディ問題の解説と資料をおさめたCD-ROMには,いまひとつの「写真帖」がおさめられている。ラウラのフレームへの書き込みやテープで補修した箇所などもみることができる。CD-ROMならではの特徴を生かしたものといえる。ただ,CD-ROMのスタート時に全メニューが出現し,コンピュータ初心者にはとっつきにくいかもしれない。また,タイトルが「Degital Marx 2」となっている。ぜひとも改善をお願いしておきたい。
ドイツ語版:Izumi Omura u.a. (Hrsg.), Familie Marx privat: Die Foto- und Fragebogen-Alben von Marx' Töchtern Laura und Jenny, Akademie Verlag.