1181ハンス・ユルゲン・クリスマンスキ著猪俣和夫訳『マルクス最後の旅』

書誌情報:太田出版,167頁,本体価格2,400円,2016年6月29日発行

マルクス最後の旅

マルクス最後の旅

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マルクスは死(1883年3月14日)の前年,病気療養のためアルジェに2カ月ほど滞在している。パリ,マルセイユを経由している。アルジェでの療養の後,カンヌ,モンテカルロ,アルジャントゥイユ,ヴヴェイ(レマン湖畔)での短期滞在・療養を終え,亡くなる半年前にロンドンに戻る。ワイト島ヴェントナーへの静養はロンドンに戻ってからのことである。
アルジェでは「預言者髭」をそり落とし,「法曹かつらみたいな頭」を「ばっさりやった」。マルクスのアルジェでの写真(1882年4月28日)を機に「外見上は別人」(8ページ)になったのだ。著者は「別人」になったマルクスを書簡類によって追い,未解決の研究課題――カジノ資本主義や株式投機――のために「ヒスラーブ(謎めいたメモの山」(これは著者によるフィクション)を残しながらも,エンゲルスには拾い上げられることはなかったと想像力を膨らませていた。謎の女性ヴェーラ・シュティルナーを登場させ,ヴィクトリア朝時代の「硬直した」人間関係(マルクス,デームート,エンゲルス)――例のマルクスの私生児問題――を客観化し,歴史の歩みを解明するというマルクスの夢を語っていた。
マルクスは夢を見ている。自分の書斎はさながら魔法の場所で,小道具や本の表紙,図版,ライプニッツの家の壁紙の一部,その一つひとつがシンボリックだ。エンゲルスの並々ならぬ努力によっていずれ『資本論』の第二,第三巻としてまとめられることになる現行は,すでに書き上がっているものの,もう長いこと秘めたままにしている。それが今,夢のなかでマルクスに重くのしかかったいる。構想中の第四巻のページまでも。だが,最後にはすべてが溶け合って数式と経済学の図表だけになり,夢見る者をシンボルの渦のなかに巻き込んでいく」(112ページ)。「ライプニッツの家の壁紙の一部」とはなんだろうか。著者に聞いてみたい一句だった。