497井原今朝男著『中世の借金事情』

書誌情報:吉川弘文館(歴史文化ライブラリー265),226頁,本体価格1,700円,2009年1月1日発行

中世の借金事情 (歴史文化ライブラリー)

中世の借金事情 (歴史文化ライブラリー)

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「借りたものは利子をつけて返すのが古代以来不変の社会常識であるというこれまでの現代人の常識はあやまりである」(198ページ)。といっても日本の中世社会では,債務・借金がシステムとして組み込まれていた。借金と税制を組み合わせて社会制度化し,年貢徴収システムのなかに借金による代納や年貢を担保にした前借り,さらには借銭や強制借用のように,商品取引とならんで債務による取引が大きな役割を果たしていた。
近代債権論は,他人の土地や資本を借りたら利子をつけて返却する,返済は絶対の義務である,利子は無限に増殖する,という原則からなり,債権者の権利保護が優先している。著者は,不当な利子については返済義務がないこと,「質地に永領の法なし」という在地慣習法が機能して質流れ地は債務を返済すれば債務者に戻されたこと,債権者よりも債務者の権利が保護されていたこと,を析出して,田畠宅地など不動産の所有権の移動と階級分化をみる伝統的な分析とは異なる中世世界の特徴をあぶりだしている。
「私戦・実力主義による紛争解決を背景にした法意識の世界であるからこそ,債務者と債権者の権利保護が拮抗し,両者の共存する道が利害のバランスとしてもとめられた」(214ページ)。債務返済の処理には歴史的変遷がある。利子の無限増殖原理(正確には利子率は事実上無制限で利子は原本の2倍以上には増えない総額規制の利息制限法)が絶対でないことの指摘は,債務史からの債務危機イスラム金融の評価に連続している。
日本の中世史,債務史が教える債権・債務関係は,意外にもこれからの制度設計や社会正義を考えるネタになる。