019日本学術会議編『学術の動向』2007年4月号

akamac2007-05-17

「特集 人文社会科学の役割と責任」をしているので読んでみた(pdfファイルですべて読むことができる。http://www.h4.dion.ne.jp/~jssf/text/doukousp/2007-04.html)。人文社会分野だけではなく自然科学からみた人文科学を含む学問論として読むことができる。以下評者の要約を書くが,そもそも人文社会科学の危機の内容が共有されていないゆえに論点が拡散しているように思う。
巻頭論文佐藤学「人文社会科学の危機に対峙して」では,人文学の危機を教養の危機,社会科学の危機を制度構想と政策立案の危機と理解する。日本の科学技術政策を規定する科学技術基本法では人文社会科学を科学技術政策の枠外としていること(第一条「人文科学のみに係わるものを除く」と規定している)や分野別大学院進学率と修士号・博士号取得者の著しい偏り(修士課程では工学系に,博士課程では医学系・工学系に偏っていて,人文社会科学が軽視されている)を指摘する。そのうえで,(1)転換期の社会の課題を引き受けること,(2)人文社会科学として越境する科学としての再生を追求すること,(3)財政基盤や若手育成システムの見直しをすること,を提起している。
高橋義人「文学と人生観――基礎学としての人文科学――」では,人文科学は大学紛争後の日本の経済的繁栄化と精神的貧困化の歩みとパラレルに衰退しているとして,文学部の全盛期と同様すべての学問の「基礎学」に立ち戻ることを提言する。高橋は,中世のヨーロッパの大学の歴史に触れ,哲学・法学・医学・神学の4学部から始まったこと,自然科学は哲学に含まれていたことを回顧する。理学部が哲学部の分家として誕生したこと,実学本位の工学部を最初に設立したのは日本であること,農学部の新設,法学部からの経済学部から分離したのも実学志向を反映するものだったとする。そのうえで,人文科学がすべての学の基礎学,真の意味での「教養学」になることに再生の希望を見いだす。
小林傳司「科学技術に踏み込む人文社会科学」は,2001年に設立した「科学技術社会論学会」を紹介しながら,人文社会科学こそ科学技術にたいして正面から向き合うことを主張する。その内容は,科学技術の社会的意義を具体的事例で示すことと自然科学者との対話である。
塩沢由典「危機管理における社会科学の役割――稀な異常事態にいかに備えるか――」は,阪神淡路大震災福知山線鉄道事故新型インフルエンザへの対応を例に,「社会技術」の必要性を論じている。「社会技術」とは,貨幣,取引所,株式会社,企業会計,議会,選挙,紛争処理などのような社会がその運営のために生み出してきたさまざまな技術を指す。阪神淡路大震災に即しては緊急医療と支援・救援のあり方,福知山線鉄道事故に即しては安心・安全の社会技術新型インフルエンザに即しては疫学的分析以外の社会科学的な考察などの必要性を,それぞれ明確にする。3事例から,(1)社会技術の領域が存在すること,(2)人文社会科学者がチームとして取り組むべき多様な課題があること,(3)社会技術の戦略的開発に沿った研究スタイルの修正,のように人文社会科学の課題を整理している。
竹内洋「人文社会科学の下流化・オタク化と大衆的正統化」は,ジャーナリズムとアカデミズムとの相互関係を歴史的に論じながら,現在のアカデミズム人文社会科学がジャーナリズム,メディア人文社会科学,フォーク人文科学というメジャーな「三角形」からはじきだされ,飛び地や離れ小島のようになっているところに危機を見る。アカデミズム人文社会科学はいまやオタクと化し,専門学会内部それも一部学会員だけの内輪消費のためだけの研究という自閉化と手厳しい。「学会文法」や「知の官僚制化」に危機があるのであって,この認識なくして危機からの再構築はないと結ぶ。
Peter J. D. Drenth, Social Sciences: Truthful or Useful? は,近代以前と以降の諸科学の位置と相互関係および社会科学の有用性について論じている。社会科学者への具体的提言を含んでおり,佐藤はこれを社会科学全体の包括的認識,事実にのみ基づく公正な研究態度,知識が機能する社会的文脈の重視,メディア等における公的議論への参加,道徳的倫理的責任の明確化,えせ科学と闘い理性的な認識を擁護すること,とまとめている。
唐木英明「安全・安心研究分野からの期待」は,情報の不足,ゼロリスク神話,情報の混乱という認知ギャップに問題を整理し,人文社会科学者の出番を期待する。
海部宣男天文学・基礎科学からの一視点」は,温暖化を含めた環境問題の解決に科学者としてともに取り組むことができるとする。
広渡清吾「人文社会科学の役割と責任」は,技術ではなく学術として問題解決志向型の協働の積み重ねに展望を見いだしている。