044小林多喜二原作・藤生ゴオ作画・白樺文学館多喜二ライブラリー企画『30分で読める…大学生のためのマンガ蟹工船』

書誌情報:東銀座出版社,183頁,本体価格571円,2006年11月7日

マンガ蟹工船

マンガ蟹工船

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2006年は夏目漱石著『坊っちゃん』発刊100周年だった。ご存知のように,『坊っちゃん』は旧制松山中学(現松山東高校)が舞台だ。愛媛大学にはその松山東高校出身者が多数入学する。松山市では,小学生時代から俳句の制作が半ば義務づけられる。また,『坊っちゃん』も読むように奨められる。にもかかわらず,驚くなかれ,母校を舞台とした小説にもかかわらず,小説を読んだことがない卒業生がごまんといるのだ。どうやら夏目漱石=『坊っちゃん』の作者,と覚えれば事足りるらしい。ましてや,これまた松山を舞台とした司馬遼太郎著『坂の上の雲』を読んだ高校生は数少ない。皆無に近いと言っても過言でもないかもしれない。『坊っちゃん』については松山市の隣の東温市に「わらび座」による常設劇場「坊っちゃん劇場」が昨年できた(http://www.bochan.jp/)。「坂の上の雲」については4月28日に「坂の上の雲ミュージアム」が開館した(https://akamac.hatenablog.com/entry/20070512/1199511906)。身近に感じることから原作を読んでみようという若者が一人でも増えることを期待したい。ちなみに,内定が決まった他県出身のゼミ生に,『坂の上の雲』を読むよう奨めた。文春文庫で8冊あるけどと念を押して。最初は8冊に吃驚したようだったが次の台詞に決断したようだった。「会社のトップには司馬遼太郎ファンが多い。愛媛大学出身者なら『坂の上の雲』を読んでいることで対話が弾むはずだ。」
さて,『坊っちゃん』や『坂の上の雲』にしてこれだから,今どきの大学生にとっては小林多喜二や『蟹工船』(蟹工船それ自体も含めて)は初対面の作家・作品(名詞)である。「30分で読める」どころか15分で読める大学生のための漫画が本書だ。『少年ジャンプ』や『少年マガジン』を読む小学生は今やインテリだと和田秀樹は喝破したが(『受験勉強は役立つ』[asin:4022731389]),本書を通して『蟹工船』で描かれた80年前の日本の現実の一端を知ることができる。
評者は,プロレタリア文学を称揚するつもりはない。「おい地獄さ行(え)ぐんだで!」で始まるあの『蟹工船』が日露戦争の戦利品(ロシアの病院船!}を転用した蟹工船秩父丸」で実際に起きた事件を素材にしたこと,北千島で暴風雨で座礁した「秩父丸」の救助信号を他の蟹工船が無視したこと,「糞壷」で寝起きする漁夫たちによる蟹缶が高貴なお方に献上されることなどを知ることは,まぎれもない資本主義・帝国主義の日本の姿を知ることにつながるはずだ。原作にも本書にも,登場人物の性格描写や心理描写はない。特定の主人公もいない。現場監督浅川の暴力的抑圧が執拗に描写されているから,影の主人公はこの浅川だ。帝国の駆逐艦が結局漁夫(国民を代表させている)の味方でなかったことも象徴的である。
蟹工船』は過去の出来事だろうか。浅川は今背広を着てネクタイを締めているにすぎないともいえる。
何人かの学生に本書を読んでもらった。たまたま研究室周辺に屯する大学院やロースクール進学(希望)者だった。山田盛太郎『日本資本主義分析』を一緒に読んだ学生は,「軍事機構=キイ産業創出のためにする労役の諸形態。囚人労働。監獄部屋」の「納屋制度」や「友子同盟」や「人夫部屋」の延長で理解しようとしていた。多くは,過酷な労役形態を知ると同時に過去の出来事として現在との接点を絶とうとしていたことが印象に残った。さて,ゼミ生たちはどんな反応を示すだろうか。