書誌情報:岩波書店,viii+241頁,本体価格1,800円,2009年11月13日発行
- 作者:中村 政則
- 発売日: 2009/11/14
- メディア: 単行本
- -
松山は今『坂の上の雲』(以下「坂雲」と略称)で街おこしをはかっている。「坂雲」効果で松山への観光客数は伸びているという。同時に「坂雲」テレビ放映化によって,間違いなく歴史意識に大きな影響を与えるだろう。そのことを十分に意識して,著者は「政治意識の基礎には歴史意識があ」(「あとがき」)り,「政治意識は歴史意識と不可分の関係にあ」(同上)るとして,「坂雲」と司馬史観を批判的に検討している。
司馬が「坂雲」を「事実に拘束されることが百パーセントにちかい」とした「歴史小説」だが,日清戦争から日露戦争を経て韓国併合にいたる史実と資料から,司馬が見たことと見なかったことを明らかにする。著者は,司馬の日清戦争観をプロシャ主義(国家の機能を国防に集中する)と地政学的アプローチ(朝鮮半島の位置が悪い)にまとめ,日露戦争を強国ロシアに小国日本が打ち破った奇跡の物語(祖国防衛戦争論=「坂雲」の主題)にしているとする。しかもそれをやり遂げたのは「小さな田舎町」松山出身の秋山好古,真之らであり,「坂雲」の「青春物語」にしている側面と見る。(本書第二章はこの部分に当てている。ただし,「坂雲」の祖述にすぎず,本書にそぐわない。)
司馬史観をもとにした「自由主義史観」批判も著者の問題意識にある。司馬は「明るい明治」と「暗い昭和」(明治の賛歌と昭和への糾弾,あるいは上り坂の時代と下り坂の時代)と二項対立に描き,大正史をすっぽり欠落させてしまう。「民衆が演じた役割と,経済的な要因がもったであろう意味は,ほとんど描かれず,ほとんど分析されない」(加藤周一「司馬遼太郎小論」)のは,司馬も「自由主義史観」も共通だという。
著者による「坂雲」と司馬史観の検討は批判にとどまってはいない。明治維新の性格規定,明治憲法・天皇観,日清・日露戦争の意味,大正デモクラシーの意義,太平洋戦争の両義性(侵略と解放)解釈などについて著者の意見を積極的に提示している。
「好きな人間に対する形象化は見事だが,嫌いな人間の描き方はひどく類型的で,間違いもある」(221ページ)。著者の「坂雲」印象だ。
中村屋の海苔は塩とごま油が効いていてなかなかおいしい。司馬漬け(ちなみに,評者の好みは京都・出町柳の「田辺宗」のもの→http://www.tanabeso.jp/)だけでなく,こちらもどうぞ。
- 関連エントリー
- 萬翠荘パネル展「日露戦争〜ロシア兵俘虜が見た明治松山〜」→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100213/1266071484
- (1)『NHKスペシャルドラマ・ガイド 坂の上の雲 第1部』(2)『NHKスペシャルドラマ 歴史ハンドブック 坂の上の雲』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20091226/1261836881
- アーロン・スキャブランド著(本橋哲也訳)『犬の帝国――幕末ニッポンから現代まで――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20091223/1261579144
- 「なじみ集」実見→https://akamac.hatenablog.com/entry/20091129/1259505591
- 『「坂の上の雲」の松山を歩く』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20091120/1258726677
- 文藝春秋12月臨時増刊号特別企画「『坂の上の雲』と司馬遼太郎」→https://akamac.hatenablog.com/entry/20091019/1255961772
- コンスタンチン・サルキソフ著(鈴木康雄訳)『もうひとつの日露戦争――新発見・バルチック艦隊提督の手紙から――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090727/1248704322
- 秋山好古展および図録→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090320/1237542298
- NHK四国スペシャル「秋山好古の晩年」の放送→https://akamac.hatenablog.com/entry/20081002/1222915537
- 村松友視・浅井愼平・南伸坊・白井佳夫著『伊丹十三――カメレオン男のトリック――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080913/1221293827
- 中村健之介著『宣教師ニコライと明治日本』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080416/1208341636
- 伊井春樹著『ゴードン・スミスの見た明治の日本――日露戦争と大和魂――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080220/1203502838
- 坂の上の雲ミュージアム→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070512/1199511906
- 平川祐弘著『天ハ自ラ助クルモノヲ助ク――中村正直と『西国立志編』――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070507/1178531320
- 1年前のエントリー
- 労研饅頭→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090215/1234681099
- 《一言自省録》歴史的発見に繋がった(?)エントリーだった。
- 労研饅頭→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090215/1234681099
- 2年前のエントリ
- 一橋大学機関リポジトリ・シンポジウム→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080215/1203069875
- 《一言自省録》ずいぶん飛び回っていた。
- 一橋大学機関リポジトリ・シンポジウム→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080215/1203069875
- 3年前のエントリ
- インターネットと共同・共有の思想――ホームページ作成の経験から――→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070215/1171507804
- 《一言自省録》どうやら「インターネット市民革命」を妄想していたらしい。
- インターネットと共同・共有の思想――ホームページ作成の経験から――→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070215/1171507804