440佐川光晴著『牛を屠(ほふ)る』

書誌情報:解放出版社,140頁,本体価格1,500円,2009年7月23日発行

牛を屠る (シリーズ向う岸からの世界史)

牛を屠る (シリーズ向う岸からの世界史)

  • 作者:佐川 光晴
  • 発売日: 2009/07/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

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「牛や豚の肉を食べながら,その生産者を差別するのは,自分の身体を粗末にしている行為ともいえる」と書いたのは鎌田慧だった(『ドキュメント 屠場』岩波新書565,1998年6月,[isbn:9784004305651])。屠殺があってはじめて,われわれは肉を食うことができる。鎌田の本はいわれなき職業差別と身分差別にさらされる屠場労働者を活写したすぐれたルポだった。
本書の著者は作家として独立するまでの10年半大宮食肉荷受で豚と牛の屠畜をしていた。北海道大学法学部を卒業してから1年ほどの出版社勤務経験がある。上司と喧嘩して失職後になんとなくたまたま見つけたのが屠殺場(とさつば)の仕事という。
豚にはスタンガンを利用して,牛には圧縮ガスを利用した鋼鉄製の芯棒で眉間を打ち抜き頭蓋骨に穴を開けて仕留める。「なによりもまず生きた牛や豚が叩かれ,血を抜かれ,皮を剥かれ,内臓を出されたのち,ようやく食用の肉になる」(93ページ)のだ。鎌田本は東京・芝浦屠場,横浜屠場,大阪・南港市場,四国日本ハム争議を扱っていた。本書は著者の大宮食肉での「牛を屠る」経験。精子減少症と屠殺との関わりで悩むなど等身大の著者がいる。
「仕事は選ぶよりも続けるほうが格段に難しい。(続けられたのは:引用者注)屠殺が続けるに値する仕事だと信じられたからだ」(115ページ)。著者は,「穢れ」にあえて身をおいて「聖」へと突き抜ける気持ちがあったかもしれないことを認めている。働く場としての屠場を,巻末の「屠畜場イラスト」とともに直視したい。梅干しが最初から梅干しでないのと同様に,豚肉・牛肉も最初から豚肉・牛肉ではないのだ。