055戸井十月著『遙かなるゲバラの大地』

書誌情報:新潮社,253頁,本体価格1,400円,2006年6月30日

遥かなるゲバラの大地

遥かなるゲバラの大地

  • -

南米大陸30,000km,120日間にわたる著者56歳のバイク旅行記。5大陸走破行の4大陸目(1997年からの北米,98年からのオーストラリア,01年からのアフリカ,今回05年からの南米)であると同時に,南米3回目(87年から88年にかけての縦断と91年の一週)のバイク行でもある。
しかし,本書はたんなるバイク旅行記ではない。著者は前著『チェ・ゲバラの遙かなる旅』(集英社文庫,2004年10月,asin:4087477533;『ロシナンテの肋(あばら)』集英社,2000年3月,asin:4087744647の文庫収録)で,ぜんそく持ちの幼少から,医学を志した学生時代の南米放浪旅行,ゲリラ戦士となってカストロとともに成就したキューバ革命とその後の政治家としての活躍,南米解放のためにキューバを離れ67年ボリビアで殺害されるまでのゲバラを描いた。19歳の時,ゲバラというアルゼンチン人に心酔し,その死にショックを受けたという著者のゲバラ追想記でもある。本書に出てくるゲバラは前著の叙述を踏まえられており,数カ所で生かされている。著者未見の殺された場所と遺体が30年間秘密裏に埋められていた場所(ボリビアのイゲラ村とバージェ・グランデ)には必ず訪れると決め,あとは行きあたりばったりの旅。この旅では,ゲバラの生家を偶然見つけたり,ゲバラに最後の食事を運んだ元教師やゲバラが殺されたその日に生まれ今は記念館の管理を任せられている男との出会いも淡々と綴られている。
ロバート・デニーロ主演『ミッション』やスティーブ・マックィーン主演『パピヨン』の舞台,コナン・ドイル『失われた世界』のモデルのロライマ山の山頂などにもさりげなく触れられている。
ゲバラと著者が見た南米は時代を超えて重なっている。ゲバラを辿る旅が南米の現実を直視させ,著者に人間的な問いかけを促しているようだ。いくつか抜き出してみよう。
「ラテン・アメリカで賄賂が効かないのは,チリとキューバぐらいのもの。」(29ページ)
「旅がゲバラを鍛え,磨いていったのである。」(34ページ)
(チリからアルゼンチンへの国境で)「道行き旅の場合,スムーズに前に進めるかどうかは,そこで出会った人次第である。理屈や法律ではなく,すべては直接向き合う人間の出来次第にかかっているのだ。」(48ページ)
「ラテン・アメリカの多くの国では,軍部によるクーデターは日常茶飯事だった。(中略)中でも,将来反体制勢力になりそうな少年少女まで誘拐して連れ去った『夜のエンピツ作戦』は,アルゼンチン現代史の中の最も深い闇の部分である。」(77-78ページ)
中南米諸国は,その根っこでは何処でも反米である。表面的な仕草は別にして,心の底からアメリカが好きな国など何処にもない。(中略)表の庭はよく手入れし,裏庭は腐らせておくというのが,中南米に対するアメリカの一貫したやり方だった。腐った権力を操って甘い汁を吸い続けてきたのである。」(95ページ)
フランス領ギアナで:フランスは今でも南米に植民地があるのだ!)「他人の国へ来て我が物顔の白人は世界中どこでも見るが,フランス人の無礼者は自尊心が強いだけに質が悪い。アメリカ人の失礼野郎は田舎者でまだ可愛気があるが,フランス人は文化をリードしているような顔をしているから余計に目障りだ。」(127ページ。激しく同感!)
「普通の暮らしを続けてゆくのが,本当は一番難しいのである。」(137ページ)
(南米の北に位置するフランス領ギアナスリナムガイアナについて)「隣り合う三国なのに,どうしてこうまでお互いが孤立しているのだろう。かつては一つの地域だったギアナを,フランスとオランダとイギリスで無理矢理分割したせいだろうか。(中略)ちなみに,元オランダ領のスリナムと,元イギリス領のガイアナだけが南米大陸の中で左側通行である。」(140-141ページ)
ガイアナからブラジルを経由してベネズエラに向かう)「一つ悪いことがあると一つ良いことがある,一つ良いことがあると一つ悪いことがある。全部悪いことも,全部が良いことも滅多にない。」(156ページ)
ベネズエラで)「ゲバラが追い求めた理想社会のイメージも,その原点はボリーバルの思想と信条にあった。」(161ページ)
(日本企業の工業団地が集まるブラジル・マナウスで)「不便で貧しくて物騒な場所だからこそ人間味を取り戻せる」(172ページ)
「今,ゲバラが求めた理想とはほど遠い世界が広がっている。神の名を借りた無差別テロと,戦争という名の報復テロの連鎖。”新自由主義”による格差の拡大と,競争原理が生む精神的荒廃。あたりを見回せば,自分のブレを自覚することさえできない大人ばかり・・・」(225-226ページ)
「世界には,名も知れぬ本物の旅人が沢山いること。道端の,名も知れぬ人々の暮らしのディテールの中にこそ真実があること。体を張っていない者のアジテーションや解説を鵜呑みにしてはいけないこと・・・。そして何より,得意になってひけらかしたりしていると,自分が大恥をかくということ。」(249ページ)
「人生も旅も仕事も,すべては過程(プロセス)だ。どこからどこかへ向かう途中を人は生きている。目的地に辿り着けなくても,目的地などなくてもいいではないか。」(252ページ)
サルトルに「20世紀で最も完璧な人間だった」と言わせ,ジョン・レノンに「あの頃,世界でいちばんカッコいい男だった」と言わせたゲバラアンディ・ウォーホールシルクスクリーンで印刷し,かのマラドーナが自分の体に刻み込んだゲバラ。そう「戦士は死ぬ。しかし,思想は死なない。」(カストロ