084上野千鶴子著『国境 お構いなし』

書誌情報:朝日文庫,302頁,本体価格600円,2007年7月30日

国境お構いなし (朝日文庫 う 5-4)

国境お構いなし (朝日文庫 う 5-4)

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2003年に出た同タイトルの文庫版。メキシコとニューヨークなどの滞在記と北米体験を転機として日本主義に回帰する傾向が強いとする「戦後知識人の北米体験」を収めている。中岡哲郎著『日本近代技術の形成――<伝統>と<近代>のダイナミクス――』(https://akamac.hatenablog.com/entry/20070807/1186479591)をとりあげたが,著者は中岡と同じ大学院で客員をつとめた。メキシコ滞在記はこの時のものだ。中岡のほか鶴見俊輔,石田雄,見田宗介吉見俊哉もそうだ。まだ残る女子割礼,女性使用人を使うフェミニスト,国境を越えても階級を超えられない亡命者の話など,地球の上で起きていることの同時代性を淡々と指摘している。
ニューヨーク滞在記では,アメリカにおける日本人女性の生き方に多くを割いている。一種の頭脳流出であり,ノイズとなるような女性を海外に排除することで,日本社会を内部から変革する芽を摘んでいる,と人類学者・別府春海説を紹介している。情報のグローバル化については,英語の世界化(=言語帝国主義)を意味するとし,英語ネイティブでない言語圏の国民にとっての「言語の壁」についてまとめている。
著者の外国滞在をもとに,戦後知識人の北米体験を論じたのが終章だ。「リベラリズム近代主義,あるいは普遍主義的志向を持ったひとたちが,北米体験を転機として,ある種の日本主義へ『転向』」(247ページ)があるという。北米との距離を感じながらも,差別や競争が日本以上に強烈な北米を経験することで,日本主義への回帰が生じるという。著者がそうした回帰を避けえたのは女だったからだ,という。「交換高校生としてアメリカへ行った女の子」(256ページ)の表現は「生活者言語」(辛淑玉の解説)だろうか。「戦後日本人論のマゾヒスティックな基調は,丸山真(ママ)男がつくった」(263ページ)や「産業社会はミソジニー女性嫌悪)の社会である」(272ページ)との説には与しないと同時に,「世代にも性にも時代にも還元されないひとりひとりの個性」(285ページ)――柄谷行人酒井直樹が念頭にあるらしい――などありえない。問題は,日本という罠を避ける戦略ではなく,日本の背負い方にある。