200青木昌彦著『私の履歴書 人生越境ゲーム』

書誌情報:日本経済新聞出版社,287頁,本体価格1,900円,2008年4月24日発行

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日本経済新聞』の2007年11月に連載された「私の履歴書」に,書評,全学連文書,対談などを収録して一書にしたもの。7つの知的ベンチャーとして,(1)ブントの結成,(2)査読付き日本経済専門学術雑誌の創刊,(3)スタンフォード日本センター開設,(4)スタンフォード大学大学院比較制度分析フィールドの立ち上げ,(5)通商産業研究所所長,(6)トヨタ自動車との環境経済学研究,(7)東京財団比較制度研究所所長,を挙げ,「人生越境ゲーム」としてまとめている。
多くの紙数を割いているのは(1)だ。姫岡玲治著『日本国家独占資本主義の成立』(現代思潮社)は著者若かりし時の作品だ。著者は,ブント創立メンバーの一人であり,本書でも触れているように吉本隆明が「戦後世代の政治思想」(『中央公論』1960年新年号)で,石原慎太郎大江健三郎と並べ,姫岡の「民主主義的言辞による資本主義への忠勤――国家独占資本主義段階における改良主義批判――」を「若い世代の政治家たち」とよんだことで一躍有名になった。著者は,ブントからの「戦線逃亡」と「今まで未知だったものに対する知的好奇心」から,宇野経済学から近代経済学へと転身をはかる。著者がブント結成前後の経緯を公的に語ったことは初めてであり,大嶽秀夫著『新左翼の遺産――ニューレフトからポストモダンへ――』(https://akamac.hatenablog.com/entry/20070404/1175677212)に「精神的な負担感を和らげてくれた」と記している。ブントが「結果として次の時代へと導く触媒の役割を無自覚のうちに果たした」,またのちの全共闘運動を「より根底的(ラディカル)な改革運動」と評価しているのは,みずからの「知的好奇心」による「戦線逃亡」であって,比較制度分析的な数理経済学への転身とまったく矛盾していないのだ。不思議なほど挫折感や罪悪感がないのは驚嘆に値する。「あの時代の自分は歴史の本流に押し流される,木の葉とまではいわないまでも流木のような存在」であり,「世の中あっての個人であり,また個々人の営みになしに世の中もありえない」と社会のゲーム論理解に繋げている。確実にいえるのは,倉橋由美子『聖少女』(新潮文庫,改版「くー4-9」)に登場する著者らしき「ぼく」の「アンタイ代々木」で首尾一貫していることだ。ついでながら,ブントの一派「革通派」(というらしい)で著者とほぼ同世代の星野中が7月19日京都で水死した。本書には星野は登場しない。
(2)以降の知的ベンチャーの理論上の裏付けはゲーム理論による比較制度分析であろう。社会と個人の関係を包括的に理解するための社会科学言語はゲーム理論だとする。社会科学の対象は,「あるルールのもとで,他人の意図や行動を推察しつつ自分の行動を選択する人間たちの相互作用」(原文では引用文すべてに傍点,234ページ)であるゲームに喩えられうるからである。その中味を,社会生活のあらゆる領域にゲーム状況が存在する,個人が社会を作るという経済学的考え(マルクス経済学もそう)と社会が個人を作るという社会学的考えに架橋できる,ゲームによる均衡はある社会の秩序とみなすことができ秩序そのものである,にまとめている。進化理論,認知科学脳科学などとの「相補構造」の理解を指摘しており,本書をゲーム理論の解説とも読むことができる。