141ドナルド・キーン著(角地幸男訳)『渡辺崋山』

書誌情報:新潮社,356頁,本体価格2,600円,2007年3月20日

渡辺崋山

渡辺崋山

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1839(天保10)年5月,疑獄事件「蛮社の獄」で田原藩蟄居処分を受けた渡辺崋山の一生を描いた作品である。一生を通じて画業に邁進し,西洋的技法を独自に編みだした崋山を等身大に描く。崋山は,ほぼ独学で西洋科学や国政・外交に関する知識を身につけた。疑獄によってこれらを捨てることを余儀なくされた。著者は,崋山の苦渋を昭和初期の転向者になぞらえるが,崋山の進歩的な意見は封建体制の強化と修正であり,封建体制そのものの批判ではなかった。崋山は一生を通じて儒学を学び,自刃の時も田原藩と母親への「不忠不孝」を詫びた。
弟子の椿椿山に宛てた手紙で母への孝養をこう詠んだ。
あさ縄ニかゝるうき身ハ数ならず/親のなげきをとくよしもがな(麻縄に縛られる運命にあってもそんなことは何でもない/母を哀しみから解き放つことさえ出来るならば)
崋山の進歩性と政治思想家としての重要性は,死後半世紀以上も無視されてきた。崋山が見直されることになったのは,近代化を遂げた明治以降になってからである。崋山の画も思想もその後の歴史にさほどの影響を与えていない。それでも著者は思想家としてよりも画家としての崋山に思いを込め,いくつかの肖像画を傑作として高く評価している。崋山関係の27葉のカラー写真(口絵)と本文中での画の分析は本書の特徴を示す。また,巻末の著者の作品も含む欧文文献は,広く日本文化に関する外国人の視点を知るうえで参考になる。