149マリー=アンジェリーク・オザンヌ,フレデリック・ド・ジョード著(伊勢英子・伊勢京子訳)『テオ もうひとりのゴッホ』

書誌情報:平凡社,262頁,本体価格2,800円,2007年8月1日

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3月30日はゴッホの誕生日である。生誕150周年の2003年には最後の70日間を過ごしたフランス・オーヴェールに,ゴッホの死を看取ったガシェ医師(かつて斎藤了英が125億円で落札した『ガシェ医師の肖像』であまりにも有名)の家が復元公開されたことを思い出す。
本書は,ヴィンセント・ヴァン・ゴッホと弟テオの未公開書簡(原書刊行時1995年では未公開だったが,直後にゴッホ美術館から出版)98通をもとに,キュレーター・テオを描く。これらの書簡はヴィンセントからテオからのものがほとんどであり,テオからのものはヴィンセントがその裏に返事を書いたごく少数のものだけだという。両親との,あるいは兄弟間の葛藤が再現されており,また前衛芸術の理解者と兄の経済的支援者としての両面性がそのまま叙述されている。
本書においてもテオ=ヴィンセントの重奏神話への疑問やテオの妻ヨハンナ(ヨー)による書簡の一部改作や破棄の可能性について触れてあるが,ヴィンセントの作品分析と結びついておらず,未公開書簡の解読に終始したものとなっている。ヴィンセントが画布に van Gogh と書かず,Vincent とだけ記した理由の提示がもっとも印象的だった。原書出版後10年以上経って,テオ生誕150年にあたる2007年に合わせるほど内容があるとは思えなかった。
ゴッホ死後のゴッホ評価史=受容史を論じた,ナタリー・エニック著(三浦篤訳)『ゴッホはなぜゴッホになったか――芸術の社会学的考察――』(藤原書店,2005年3月,https://akamac.hatenablog.com/entry/20071009/1191922358)のほうが完成度が高い。ゴッホの作品と書簡から自殺の真相や贋作を論じた,小林英樹著『ゴッホの遺言――贋作に隠された自殺の真相――』(情報センター出版局,1999年4月,[asin:4795829128])と『ゴッホの証明――自画像に描かれた別の顔の男――』(同,2000年7月,[asin:4795831823])も快作とよぶにふさわしい。フィクションとしては,高橋克彦著『ゴッホ殺人事件 上・下』(講談社,2002年5月,[asin:406211271X][asin:4062112728];文庫版:[asin:406275049X][asin:4062750503])おすすめだ。