287貴志俊彦・土屋由香編『文化冷戦の時代――アメリカとアジア――』

書誌情報:国際書院,281頁,本体価格2,800円,2009年2月20日発行

文化冷戦の時代―アメリカとアジア

文化冷戦の時代―アメリカとアジア

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広報宣伝活動に代わって,現在では広報外交(public diplomacy)と言うそうだ。ケネディ暗殺後のジョンソン政権下でUSIA(米国広報文化交流庁,U.S. Information Agency)長官となったレオナルド・H・マークス(Leonard H. Marks)がUSIAの活動を広報外交と読んだことが始まりだ(1965年)。アメリカの広報宣伝活動はこうして外交に高められ,プロパガンダや諜報臭さは薄められる。
本書は,アメリカの広報宣伝活動が世界規模で進む文化冷戦の時代(1940年代後半から1960年代)のアメリカ,日本,台湾,韓国,フィリピン,ラオスを対象に,冷戦と結びついたアジア地域秩序の多様性を検出しようという共同研究である。アメリカでは広報宣伝の民営化,アメリカ政府組織とハリウッド映画産業界との関係,日本関係ではアジア向け短編映画の分析を通した日系人の同化対策,台湾では自由映画陣営の形成,ロックフェラー財団の援助事業,放送事業,韓国では朝鮮映画の植民地旧弊と朝鮮戦争期の捕虜教育プログラム,フィリピンではCIAによるコミュニティ開発,ラオスではモン族の冷戦政策への軍事利用,についてそれぞれ分析している。
日本についての広報宣伝活動の特徴は,目標を親米感情と親米的日本政府への信頼の育成にあり,ターゲットを他国とは違ってこと細かく規定し,教育関係者を最優先し大学教員や教科書執筆者などを通して,「親米的で,親米政府に従順な国民を育てる」ことにおいた。機密文書「極東への指令とその対象者」(USIA,1954年12月)によると,優先順に

  1. 教育関係(大学教員・管理者,教育団体,教科書・専門誌の編者)
  2. メディア(新聞社・ニュース配給会社,政治評論家,本・雑誌の著者・編者,ラジオ・テレビ放送関係者,映画制作者,著述家協会)
  3. 政治関係(官僚,地方官僚,警察・自衛隊幹部,政党役員)
  4. 労働(全労幹部,独立系労組幹部,米軍雇用者)
  5. 学生(大学新聞編集者,英会話サークル)
  6. 産業界(経済団体連合会,貿易協会,商工会議所,ロータリークラブなど)

となっている(22ページ)。
文化宣伝活動――本書はアメリカのそれを扱い旧ソ連のそれは扱っていないが――は米ソの文化・情報・メディア戦略全般を指しており,秘密工作,文化交流,科学技術協力,出版・翻訳,核開発・軍縮・戦争などあらゆる分野に及ぶ。VOA(Voice of America),ロックフェラー財団フルブライト協会,国際教育機構も文化宣伝活動の一翼を担ったことになるわけだ。
各種の文書公開によって,直接的にあらわれる軍事的,外交的対立だけでなく,本書でいう文化冷戦のもつ意味も重要視されるようになった。暴力,抑圧,戦争の影には「文化的ソフト・パワーの競争」がある。文化冷戦研究の可能性を感じる共同研究といえる。

以下は余談。評者が学生だった頃,VOA(当時はラジオ)はアメリカの謀略放送なので聞くなとある先輩に言われたことがある。向学心に燃え,純真な若き学徒はこの段階でこの忠告を真に受けVOAを聞くことはなかった。いま VOA Special English は単語を限定しゆっくり喋ってくれる英語番組としてポッドキャスト配信で大変人気がある。あの若き学徒はここ数年VOAiPodで毎日聞いている。ドイツ語でも同じようなポッドキャスト配信がある。DW (Deutsche Welle) の Langsam gesprochene Nachrichten で名前の通り,ゆっくり喋ってくれるドイツ語によるニュースだ。このポッドキャストのいいところは,iPodで,(1)ある日のニュースをクリックして聞く,(2)つぎにセンターボタンを押し,下の時間軸に◆があらわれる,(3)その時点でセンターボタンを2回クリックすると,スクリプトがあらわれ,ニュースを聞きながらスクリプトを読むことができる,のだ。これはよく知られたiPodの裏技らしいがスクリプトをプリントアウトしなくてすむ。ただホイールに触っていないといけない。DWのほうがはるかにプロパガンダがにおう。北朝鮮や中米左翼政権のニュースの時には,国の名前ととともに共産主義国家と言い換えて説明することが多い。