423塩川伸明著『民族とネイション――ナショナリズムという難問――』

書誌情報:岩波新書(1156),xii+214+9頁,本体価格740円,2008年11月20日発行

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民族・エスニシティ問題はわれわれの日常から政治・国家レベルまで多様なあらわれ方をする。民族,エスニシティ国民国家,ネイション,ナショナリズムなどの言葉はある結果にすぎなく,「「身内」意識・親近感・連帯感情」(200ページ)から紛争を通じて一気に表面化する。著者が「魔法使いの弟子」と化す状態である。
本書は民族・エスニシティ問題にかかわる3つの課題を追究している。ひとつは,エスニシティ・民族・国民,ネイション,ナショナリズムなどの概念と用語法の整理である。日本語の語感に即して,民族をネイションにエスニックな意味合いが濃厚な場合に,国民をネイションとエスニシティとを切り離して捉える場合に,とそれぞれ整理している。ネイションおよびその関連語についても,英仏では非エスニックな国民,独露ではエスニックな意味合いが相対的に濃い国民と対照し,ネイションを国民と訳せば英仏的な,民族と訳せば独露的なニュアンスに近いとする。つまり,日本語の民族はエスニシティと近く,英語のネイションはエスニシティと異なるという。ナショナリズムパトリオティズム愛国主義),民族をめぐる構築主義道具主義の整理も,著者の「複合的な対象への多面的な接近」(「はじめに」)を示している。
ふたつめは,ほぼ時系列で,ヨーロッパ,新大陸,東アジアにおける国民国家の登場から(18世紀から20世紀初頭まで),民族自決の動きを中東欧,ソ連,植民地の独立,社会主義の模索を具体的に描き(20世紀後半まで),冷戦後の世界における歴史問題の再燃を論じている。国民国家ナショナリズムの登場は,その後民族自決の動きに連なり,国民国家観念が民族運動との「呼応・相互刺激関係」(91ページ)にあったことがよく見えてくる。冷戦後にあっては,新しく成立した国家内にマイノリティの問題を必ず抱え込んでいること,記憶をめぐる政治の問題(加害と被害)がクローズアップされること――トルコのアルメニア人大虐殺,ナチスホロコーストスターリン時代の非ロシア諸民族対応,南京大虐殺などを例に――を冷静に指摘している。
みっつめは,「難問としてのナショナリズム」である。著者は,ナショナリズムの二分法(良いと悪い,シヴィックエスニック)が「直感的にある種の妥当性をもつかに見え,多くの人々に強い影響力を及ぼしている」(191ページ)が,西を理想化し東を蔑視する「オリエンタリズム的発想の一種」(192ページ)に陥りかねない危険性をもっているとして,具体的な歴史に即して確定することを主張している。どのようなナショナリズムにも危険な要素もあれば,それほど危険でない要素もあるというのだ。ナショナリズムが他者への攻撃の形をとる寸前の「初期対応」(208ページ)こそ肝要になる。
本書の歴史的分析の諸章がものがたるように,民族・エスニシティ問題の表出と「解決」はけっして普遍性をもっていない。だが,個別具体的事象(比較研究)と理論化との相互関連を問いたいという著者の思いは強く意識することができた。