477松方冬子著『オランダ風説書――「鎖国」日本に語られた「世界」――』

書誌情報:中公新書(2047),iii+216頁,本体価格740円,2010年3月25日発行

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鎖国」――長崎商館付き医師だったケンペルが『日本誌』の序文に日本を「閉じた国」と書き,19世紀にその序文が「鎖国論」として翻訳出版されたことにちなむ――時代,幕府は出入りするオランダ人に各種情報を提供するようもとめた。それが「風説書(ふうせつがき)」である。1641(寛永18)年から1857(安政4)年までのおおよそ200年間,幕府が世界を知る唯一の海外情報だった。
著者は,オランダ語資料を用いて「オランダ側の視点」(「現場密着型」)(16ページ)で分析し,長崎の通詞が幕府に伝えてもいいと判断した情報として,オランダ人から長崎通詞を経て幕府に伝わる情報のブレを明らかにしている。もともとオランダ人に課した義務としての情報提供は,オランダ人がそれを利用して日本貿易の独占するための情報操作を含んでいた。ポルトガル,スペインをはじめとするカトリック勢力を日本とその近海から排除するという当初の幕府の目的にあわせて,オランダはカトリックの脅威を煽ることまでした。また,18世紀末のオランダ本国の危機については嘘をつかなければならなかった。
キリスト教から西洋近代の脅威へと変転する通詞と幕府の対応を通じて,「江戸時代の日本が聞いたオランダ人のささやき」(200ページ)が聞こえてきそうだ。「植民(地)」,「議会」,「法廷」,「外交」,「内閣」,「総督」などはこの風説書の翻訳作業から定着した言葉である。
本書には直接関係ないのだが,大英博物館にはオランダ商館に関係したオランダ人の日本に関する著作が数冊あるという。マルクスはこれらの著作のリストを作っており実際に読んだ形跡がある。オランダ人から見た日本論がマルクスのそれにいくばくかの影響を与えたこともありうる。「オランダ人のささやき」はひとり日本だけでなく,ヨーロッパにも確実に届いていた。