639大石進著『弁護士布施辰治』

書誌情報:西田書店,313頁,本体価格2,300円,2010年3月15日発行

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著者は『法律時報』編集長や日本評論社の社長・会長をつとめたことがある。その著者の祖父が布施辰治(1880.11.13-1953.9.13。「13」は布施の妻・光子にとっては「なにかがある」日だった)である。身内の身びいき臭さを排除して,「弱者とともに闘った」(309ページ)弁護士・布施の一生を再現している――「祖父を,愛をもって語ることが出来るようになった」(5ページ)――。
米騒動と弁護の経験から布施の「自己革命」を経て東京市ストライキ事件の弁護活動から植民地朝鮮・台湾,売春婦,借地借家人,小作人の弁護と,「被告人の意思が善良と認められるかぎり,政党政派の区別なく,すべての刑事被告人のために弁護する」(98ページ)。布施の弁護士剥奪時代に3年間一日も欠かさず牛乳を二合ずつ配達した朝鮮人がいたという。
将棋修業時代に将棋界の近代化である家元制度の廃止と実力名人制度導入にかかわったり,刑事弁護士として多くの死刑囚の弁護に携わり,渡辺政之輔や岩田義道の遺体受け取りの行動をとったりした。当時の社会的弱者は刑事被告人として布施の前に現れたから根っからの刑事弁護士であったことになる。
日本国憲法私案における万世一系という血統的タブーを逆手にとった布施の天皇制論はおもしろい。「天皇ハ,万世一系ノ皇男子孫,之ヲ承継ス」とする。もし皇男子孫がいない場合,天皇制は廃止されることになる。三鷹事件での竹内景助――ちなみに被告人10人中共産党員9人の無罪と非党員竹内の死刑判決で終わる――の無罪を確信しての布施の弁護活動は,他の「階級弁護士」と異なっていた。「現実の共産党の施策に多くの疑問を抱えつつもなおかつこの党に期待をかけ,意見が違うことに不満を抱きつつも共闘を組みうるのは救援会に結集した弁護士たちだけ」(299ページ)だった。この布施のトルストイアンこそ弁護士・布施の真骨頂である。