980ダン・コッペル著(黒川由美訳)『バナナの世界史――歴史を変えた果物の数奇な運命――』

書誌情報:太田出版,351頁,本体価格2,300円,2012年1月27日発行

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卓球のバック・レシーブに「チキータ」と呼ばれる打ち方がある。チェコのピーター・コルベルが編み出したと言われている。その「チキータ」はアメリカのバナナ輸出会社の名前であり,バナナのようにカーブするところからつけられた。青い楕円形のエンブレム Chiquita である。
そのチキータ社の歴史は19世紀にロレンンツォ・ダウ・ベイカーという漁船長がジャマイカからバナナを持ち帰ったのが最初であり,その後ジャマイカに広大な農園を作り,世界初のバナナ輸出拠点となった。農産物仕入業のアンドルー・プレストンとの共同経営で世界初の商業用バナナ会社(ボストン・フルーツ社)がチキータ社の前身である。チキータ社の最大のライバル会社・ドール(ジョセフ・ヴァッカーロの創業によるスタンダード・フルーツ社を前身)は当時の冷蔵に不可欠だった氷工場を傘下に収め冷蔵コスト縮減に成功した。
著者が描くバナナの世界史は,チキータ,ドール,デルモンテ,フィアイフス(英国),ボニータエクアドル)という企業間競争にいたるバナナ戦争である。バナナ・不乱テーションを維持するために土地を奪い,バナナ労働者を無権利におき,国の政治・経済を牛耳ることまでした。「ラテンアメリカの政府が,一般の国民ではなく外国の民間企業に下支えされる伝統は,ユナイテッド・フルーツ社(チキータ社の前身のひとつ:引用者注)もたらした」(130ページ)。
現代のバナナ産業は外国の果物会社が中南米プランテーションを直接経営することは少なくなってきたという。地元の生産者・企業がプランテーションを所有し,契約したチキータやドールといった会社に販売する。
バナナ産業にとっての宿痾はバナナを枯らすパナマ病やシガトカ病である。その対策が空中散布,DDTボルドー液による「薬漬け」だが,現在バナナ産業は伝染性の強いこれら病気によっていつでも壊滅する恐れがあるという。
著者は,遺伝子組み換え技術による品種改良に,バナナ戦争や新しい土地を求める栽培方法を超えてバナナの将来を見ている。評者が毎日食べるドール社のバナナ。バナナ産業が残してきた負の遺産はとてつもなく大きい。