書誌情報:日本経済評論社,ix+240頁,本体価格2,500円,2008年2月15日
- 作者:池尾 愛子
- メディア: 単行本
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ここまではついて来たけれどこれからは わが体系を乗りこえてゆけ
サブタイトルにある「わが体系を乗りこえてゆけ」は,赤松の高弟小島清の結婚式に贈った言葉とのこと。ある年代の一橋大学出身者からこの言葉を何度か聞いたことがあり,赤松の存在の大きさを語っていよう。赤松は,雁行形態論や国際価値論争で有名であり,評者も既知の人物ではあった。今回「評伝 日本の経済思想」の一書として,赤松が取り上げられたことは,日本の経済思想に焦点を絞った刊本がなかったこと,赤松に関するはじめての評伝であることで,画期的ということができる。
著者は,雁行形態論を中心に,20世紀半ば以降に大きな展開をみた計量経済学の応用研究や実証研究に赤松を位置づけ,ほぼ彼の生涯にわたって追跡している。彼が一貫して供給重視の経済学を提起したこと,雁行形態論を日本発の理論的貢献として高く評価していることで,赤松理論の独自性の解明に成功している。
赤松は福田徳三のゼミナールで研究をはじめている。最初の研究論文はマルクスの商品論についてである。福田と河上肇の論争や福田と左右田喜一郎の論争も赤松の修業時代である。また,赤松の最初の著書は『ヘーゲル哲学と経済学』(1931年)であり,その後の方法論的基礎である「綜合弁証法」(「始発動因としての実証研究と規制的動因としての理論研究との導索」)の最初期の著作である。
赤松の雁行形態論については,論文での提起(1935年)からその受容にいたる最近の研究まで丹念に追跡しており,本書の貢献のひとつとして指摘できる。他方で,赤松の調査・研究と国策=戦争遂行との関わりについては著者は事実を淡々と述べる。赤松が「弁証法の日本的性格」を強調することで彼自身の理論に天皇制国家を追認したこと,東亜共栄圏を支える理論でもあったことへの批判的分析は後背に退いていると読める。
著者が赤松の技術進歩,長期波動および経済哲学を論じた章(第5章と第6章)は赤松理論の解説に紙数を割いており,やや躍動感に欠ける憾みがある。しかし,赤松と交流があった小島清,佐藤隆三へのインタビューの成果も本書に織り込み,20世紀経済学の展開に赤松理論を位置づけた労作であることはまちがいない。著者は,ながらく近代経済学の日本への導入や日本における数理経済学の展開とその外国への影響を調べてきた。赤松理論の現代的再評価はその著者ならではの分析によるもの,と評価できる。
著者の前著『日本の経済学――20世紀における国際化の歴史――』(名古屋大学出版会,2006年4月10日)については,本ブログで取り上げたことがある(https://akamac.hatenablog.com/entry/20070502/1178100191)。
【追記2008年4月9日】本書について,著者自身による紹介「赤松要の知られざる顔」(日本経済評論社『評論』No.166, 2008.4)がある。