182湯浅誠著『反貧困――「すべり台社会」からの脱出――』

書誌情報:岩波新書(1124),ix+224+2頁,本体価格740円,2008年4月22日

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11日(日)のNHKスペシャルセーフティネット・クライシス」は本書を下敷きにしているのではないかと思うほど,貧困の広がりとセーフティネットの崩壊を描写していた。雇用(労働),社会保険,公的扶助という三層のセーフティネットが機能していないということは間違いなく政治の失敗だ。
うっかり足を滑らせたら奈落へ転落してしまう。日本はいまや「すべり台社会」だとする本書の指摘は,新自由主義路線ととともに喧伝される自己責任論や競争万能論への徹底批判と通底する。
貧困状態の五重の排除論――教育課程,企業福祉,家族福祉,公的福祉,そして自分自身からの排除――は,労働生産物にはじまり自分自身からの「疎外」を論じた初期マルクス疎外論を想起させる。NPO法人の事務局長としての著者が貧困現場から学んだ問題の所在とその解決への方途の模索との結合と読める。
貧困問題解決にはなにをおいても貧困の実相の理解が必要だ。著者はこれを「可視化」と呼び,本書の骨格をなしている。
いまひとつのメッセージは,ネットカフェ難民の社会問題化のように,実相が共有されれば,政策的対応を喚起するという確信だ。政治的解決にいたるプロセスに希望を失っていないということだろう。
センの潜在能力論を「溜め」として理論に捉え返した理解は貧困現場を熟知する著者による卓見だ。
憲法9条(戦争放棄)と25条(生存権保障)をセットで考えるべき時期に来ている」(213ページ)とするのは,この間読んだ本に共通する問題意識といえる(https://akamac.hatenablog.com/entry/20080223/1203756498)。エンゲルス「イギリスにおける労働者階級の状態」が19世紀イギリスの労働者の実態を告発したと同じように,著者は本書によって21世紀日本の貧困の原因・実態と政治の課題を明確にした。