292苅谷剛彦著『学力と階層――教育の綻びをどう修正するか――』

書誌情報:朝日新聞出版,319頁,本体価格1,800円,2008年12月30日発行

学力と階層 教育の綻びをどう修正するか

学力と階層 教育の綻びをどう修正するか

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塾にも行かず家でもまったく勉強しない生徒を NSK (No Study Kids) というそうだ。NSK に着目することで塾や家庭学習の影響を除去した学校の授業の教育効果をみることができる。著者の調査データ分析からは,学校での授業の効果が弱まっている,あるいは学習からの離脱の深化に学校側が対応できていない,となる。教育改革の議論には家庭的背景の影響が重要になる。能力の差だけでなく,出身階層の影響を受けた努力の不平等が存在する。自由意思にによる努力の発動にそもそも社会的背景の影響があるとすれば,自己責任論や自己選択論もその根拠が疑わしいことになろう。
義務教育費国庫負担制度への期待的視点は,義務教育の機会均等への疑問と関係している。子どもは生まれ育つ家庭,居住する地域を選べない。ところで公立小中学校の教員の年齢構成は,40代後半から50代前半にピークがある。団塊世代の子どもたち(現在30代)が学齢期に達したときに大量採用された教員である。年齢構成がこのまま推移すれば,義務教育にかかる人件費が上昇する。当初は財政力のある都道府県(都市圏)ほど義務教育人件費の増加傾向が大きいが,その後は財政力の弱い府県(地方圏)ほど義務教育人件費の増加率が高くなる。財政力の弱い地域にたいし現在以上に国の財政的調整がないと義務教育の機会均等が著しく損なわれることになる。義務教育という基本財を再分配することでよりましな不平等社会の実現を主張している。
今後の10数年間で日本の教員集団は大きな世代交代をむかえることになる。ところが教員免許を出す大学・学部が増え,教員養成課程大学の難易度も低下している。さらには教員免許更新制や教員評価制度の導入のような不適格教師排除やアメとムチの政策で教師たちを追い詰める。
学ばなければ生き残れないから学ぶ,選びたいから選ぶのではなく選ぶことを余儀なくされることや自己実現アノミーの指摘は,教育の綻びの修正とは結びついていない。一読者として,これまで書いてきた論文の集成であり,時々の変化への読解と読めればいい。