525円満字二郎著『常用漢字の事件簿』

書誌情報:NHK出版生活人新書(319),244頁,本体価格740円,2010年5月10日発行

常用漢字の事件簿 (生活人新書)

常用漢字の事件簿 (生活人新書)

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われわれが日常使う漢字の「目安」として定められたのが「常用漢字表」であり,1981(昭和56)年のことである。戦後まもなく制定された「当用漢字表」は1850字からなり,使用する漢字を「制限」する意味を持っていた。この「当用漢字表」に95字の追加と19字の削除を施したものが「常用漢字表」1926文字だった。
本書はこの「常用漢字表」の時代(本書では「”広場の漢字”時代」)――当用漢字については『昭和を騒がせた漢字たち――当用漢字の事件簿――』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー,2007年,[isbn:9784642056410])――の,読み書きを覚えた「おしん」から「ふしゅう」「みぞうゆう」「はんざつ」首相まで,漢字から読み解く世相史である。
かい人21面相」と「昭和戯賊」からはワープロの登場という時代の変化の象徴やワープロ専用機の黄金時代と”広場の漢字”としての認知を嗅ぎとる。キッコーマン「特選丸大豆しょうゆ」のCM――「ねえねえ,バラって漢字で書ける?あたし書けるんだよ。えらいでしょ」(安田成美)――からは広告分野での”広場の漢字”の成熟を感じ取る。漢検の急激な成長からは漢字の趣味から実利への変化をみる。群馬県藪塚本町(現太田市)の文化施設か下水道かをめぐるリコール投票からは正字と俗字のあやを指摘する。
名字,年金個人記録,個人情報なども漢字と無縁どころか使用とデータに大きく関わっている。
「義務教育の中で十分に学習可能で,あるいは外国人の方にも数年間で習得可能で,それさえ押さえておけば,あとはそれぞれの生活の中で必要な漢字を身に付けていけるような,そんな漢字の枠組みをはっきりさせる」(235-6ページ)という未来の漢字(表)の提案は一考に値するだろう。
著者が図書館に通って新聞を眺めながら選んだ漢字事件はいかにも漢字使用国=日本の社会の大断面を切り開いている。