554川北稔著『イギリス近代史講義』

書誌情報:講談社現代新書(2070),268頁,本体価格760円,2010年10月20日発行

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)

  • 作者:川北 稔
  • 発売日: 2010/10/16
  • メディア: 新書

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経済史学の展開は経済学史(経済思想史)の理解を規定している。重商主義論,マニュファクチャー論,産業革命論,資本主義発達史論など史実の確定が経済学史の対象である時々の経済理論の解釈を徐々にあるいは一気に変えてきた。
著者が切り拓いた世界システム論や生活史・文化史は従来の経済史学の研究成果に依拠しがちだった経済学の歴史に多様で重層的な歴史描写を可能にさせた。本書では世界システム論の理解を禁欲しつつ,需要が喚起する経済動態を重視することから農村から都市への発展(都市化)を鳥瞰している。イギリスにおける都市と農村の文化史を論じることで奴隷貿易や植民地などを不可欠とする資本主義世界全体の動向と結びついていることを暗示する仕掛けである。
近代イギリスの都市と人びとの生活形態に視点を合わせ,都市における匿名性,社交を通じた自己顕示(その場所としての社交庭園とコーヒーハウス),消費を通じた需要創出は著者ならではのキーワードだ。
近世独特の「政治算術」に注目し,時系列統計に込められる「成長パラノイア」からイギリス衰退論の罠を衝く。「歴史を単語の暗記などではなく,大づかみにとらえる見方」(本書最終行,264ページ)は7時間のイギリス近代史連続講義の面白さを伝えている。
単婚核家族・晩婚社会・救貧法の関連,世界的分業体制としての近代世界システム論,ビジンやクレオールを認める大英帝国の本質,アフリカにおける奴隷産業の興隆,継承財産設定,イギリス国内における「中核-周辺」としてみるロンドンの貧困問題など歴史的思考の素材が一杯詰まっている。