585レ・カオ・ダイ著(古川久雄訳)『ホーチミン・ルート従軍記――ある医師のベトナム戦争 1965-1973――』

書誌情報:岩波書店,386頁,本体価格2,800円,2009年4月17日発行

  • -

著者の名前は『ベトナム戦争におけるエージェントオレンジ――歴史と影響――』(文理閣,2004年,[isbn:9784892594564])で知った。ベトナム戦争後のダイオキシン濃度と異常出産,癌,乳児死亡率などとのデータをまとめた報告書である。米軍・南ベトナム政府軍はベトナム戦争南ベトナムラオスに大量の枯葉剤と化学剤を散布した。ベトナム解放軍兵士が潜むジャングルやマングローブを破壊し農作物を枯れ死させるためである。枯葉剤は遺伝子を傷つけ催奇作用の強いダイオキシンを含む。著者を代表に被害調査委員会が組織され国際的調査活動にまで発展した。愛媛大学ダイオキシン研究グループが参加したのはこの被害調査だった。
著者は軍医として抗仏戦争時代から軍医として従軍し,ベトナム戦争(=抗米戦争)時には前線で傷病兵の治療にあたった。日記は1965年12月15日から1973年7月27日まで,医務局からの呼び出しからト・ヒュー(ベトナム共産党員・詩人)の詩――「私は帰りついた,親愛なるハノイ! レジスタンスの9年 今日,ハノイへ戻ったのだ! 喜びあふれて笑いと涙。」――を引用して終える戦場の実態報告だ。マラリアの猛威や人員・食糧不足の中での手術という過酷な状況だけでなく仮病を使って戦闘を忌避する兵士や敵に寝返った医師も味方にレイプされ自殺した若い女性もいたことを綴っている。
事故死した一人娘への感傷を押さえながら生命への熱い視線があればこそ著者の枯葉剤被害者救援に繋がっているのだろう。一従軍医師の日常の「点」がやがてベトナムからアメリカの全面撤退に導く「面」に広がる躍動を感じた。