300黒木登志夫著『落下傘学長奮闘記――大学法人化の現場から――』

書誌情報:中公新書ラクレ(310),363頁,本体価格920円,2009年3月10日発行

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国立大学の国立大学法人化(2004年4月)の前後をはさんで,7年間岐阜大学学長をつとめた著者の奮闘記である。「遠山プラン」にはじまる法人化路線の背景,システム改革と予算削減を特徴とする法人化,さらには法人化以降拡大した大学間格差などを通じて,岐阜大学の取組(とくに教育,附属病院,事務局体制)から見えてきた国立大学の現況が詳しく論じられている。
理念先行ではなくデータにもとづく自然科学者らしい論証は説得的である。ひねりを効かせた警句にはよくぞ言ってくれたと思うところが多かった。
国立大学法人法決定には衆議院文部科学委員会では10項目,参議院文教科学委員会では23項目の付帯決議がついた。その後これら付帯事項は守られたことがない。「法律ができると,付帯決議は忘れられてしまうことが分かった」(54ページ)。
学部教授会との関係について。「トップダウンボトムアップのバランスは,教授会とのつきあい方に集約される」(76ページ)。
地方国立大学が元気がないとの声に。「法人化をきっかけに,国立大学は活性化した」(158ページ),「地方には国立大学が必要なのだ」(292ページ)。
国立大学の分離分割入試方式が前期だけにシフトしたことに。「旧帝大系7大学のわがままのため」(170ページ),「一方的な後期入試廃止は,京都大のフライングであり,ルール違反である」(同),「かくして,『分離分割』方式は『分離分裂』となった」(171ページ)。
入試について。「入試は学部の専決事項という意識が強く」「そもそも,危機意識がない」(173ページ)。
教員免許更新制度が始まったが,旧帝大大阪大学以外に設置されている教育学部が関係しないことに。「旧帝大教育学部は,教育という名前を返上すべきであろう」(198ページ)。
東京大学の一人勝ち状況について。「Jリーグが力をつけてきたからこそ,ワールドカップで戦えるようになったことを忘れないでほしい」(280ページ)。
経済財政諮問会議の民間議員(伊藤隆敏丹羽宇一郎御手洗富士夫八代尚宏)へ。「経済成長力だけに価値をおいているような人から見れば,無駄としか思えないような研究をしている人が大学にはたくさんいる。ローマ法の成立,アラビア語の文法,古今和歌集の解釈,銀河系の成立,森林の再生など,(中略)このような研究がなくなれば,日本は底の浅い,文化力のない国になってしまう」(288-9ページ)。「いわゆる民間議員といわれる人たちは,法人化後の国立大学の変わり方をまったく理解していない(後略)。法人化によって,地方大学は活性化し,個性を主張しはじめた」(291ページ)。
ひとつ苦言を。上海交通大学による2008年世界大学ランキングを引用している箇所(268ページ)で,愛媛大学が脱落している。意識的ではないとは思うが,増刷の際には訂正をお願いしておきたい。
落下傘学長が地方国立大学の意義に気づき,学長として成長していく姿が本書の魅力だ。地方国立大学へのエールでもある。国立大学の統廃合をブログに書くような人(つい最近多くのブクマを集めていた)はせめて本書に目を通してほしい。