633今野浩著『工学部ヒラノ教授』

書誌情報:新潮社,204頁,本体価格1,500円,2011年1月25日発行

工学部ヒラノ教授

工学部ヒラノ教授

  • -

教育にも研究にも手を抜かず,筑波大学東京工業大学中央大学でキャリアを積み,管理職(研究科長)にも「出世」した工学部ヒラノ教授はなかなかの遣り手である。民間研究所研究員,一般教育担当助教授,同教授,専門教育担当教授,部局長と大学スゴロクを駆け上がる。「工学部の教え7ヶ条」にしたがってみずからを律したおかげである。「第1条 決められた時間に遅れないこと(納期を守ること) 第2条 一流の専門家になって,仲間たちの信頼を勝ち取るべく努力すること 第3条 専門以外のことには,軽々に口出ししないこと 第4条 仲間から頼まれたことは,(特別な理由がない限り)断らないこと 第5条 他人の話は最後まで聞くこと 第6条 学生や仲間をけなさないこと 第7条 拙速を旨とすべきこと」。自然科学理論系や経済学系と対比しつつ実直なエンジニアの面目躍如たるものがある。
文学部の隠された生態の暴露小説の主人公唯野教授のような毒はないが(当時の東京工業大学文系スター教授への寸評はある),さりとて政府の高等教育政策や国立大学法人化など激変した大学環境との絡みのない杉原教授とは違う味を醸し出している。「独法化とは,国立大学を民営化して公務員の数を減らすと同時に,年1兆3000億円の予算を削減しようという試みである」(168ページ)と正確に捉え,大綱化の教養教育の空洞化,大学院重点化による学部教育の軽視とオーバードクターの大量発生などにも冷静な視点を向けている。科研費獲得のための秘訣や論文作成のノーハウは必読箇所だ。適度にサビを効かせ,淡々と描いた工学部の生態は著者の人徳のなせるところだろうか。
長らく国立大学に勤務したせいか(「2001年私学の旅」に出るが),アメリカの大学も含めて大学の教員を「教官」(ともかく頻出)と呼ぶことには,「アテンション・プリーズ」や「スチュワーデス物語」じゃあるまいし,まったく共感できない。
おもに「有力国立大学」に在籍した工学部ヒラノ教授だが,「この先さらに交付金が減額されれば,民間資金の導入が難しい地方の大学や,日が当たらない分野の研究者は枯死してしまう」(195ページ)と見るべきところをきちんと見ている。