463『IDE現代の高等教育』第519号(2010年4月号)

IDE大学協会発行『IDE現代の高等教育』第519号,2010年4月号,の特集「大学教員の現在」を読んだ。
潮木稿は,OECDの報告書では「高等教育」に代わって,多様化した高等教育ゆえに第一段階(初等教育),第二段階(中等教育)と物理的に分類するしかなくなったことを指摘し,「ハイブリッド教員」(生涯終身大学教員として勤めることを前提としてキャリアを積んできたのではなく,教員以外の職業経験を経ることによって,その経験を買われて大学教員となった教員)に見られるように,契約形態ばかりでなくキャリアも多様化したと結ぶ。
竹内稿は,能力も資格もないロートル教授(「ぬるま湯世代の年長教授」17ページ)への淘汰が進みつつあり,「最近の大学が研究などより,教育や社会的活動,校務に精励することを要請することも,実は(年長者)支配の危機を感じている年長世代教授の陰謀ではないかとさえ,思えてくる」(同上)とのことだ。評者はこの議論には与しない。
天野稿は,多数の博士学位取得者が大学でのポストを得られない一方で,社会人教員・実務家教員などのようにノン・アカデミックなキャリアの大学教員の急増を踏まえ,Ph. Dを資格要件にする大学教員の資格にはまだなっておらず,アメリカ的な大学教員・大学院・学位という相互連関が未だ成立していないとする。大学教員とは何かを考える論稿だ。
有本稿は,有本編『変貌する日本の大学教授職』(玉川大学出版部,2008年,isbn:9784472403811)をまとめたもので,大学教授職が格差を拡大させながら複雑化していること,教員の流動性と学問的生産性とにそれほどの相関がないこと,同時に研究や教育の質保証との相関も高くないこと,教育偏重のあまり専門職としての理念喪失状態に陥っていることを抽出している。実態調査にもとづく指摘は傾聴に値する。
藤村稿は,管理運営の負担が増え教員間で負担を共有するようになったこと,法人化以後の国立大学にあっては集権化が進み私立大学型に接近していること,教員個人の裁量や権限に対する制約が大きくなったこと,所属大学への帰属意識が弱くなったことを明らかにしている。
福留稿は,教育と研究の質の充実・高度化が叫ばれながら逆に環境は悪化していること,また,大学の機能分化や多様化が言われながらこれまた逆に教育・研究への意識や実際の活動が均質化していること,90年代以降の「改革」によって教育への志向性を持ってこなかった層に強い影響を及ばしたことを指摘し,総じて高い教員の研究志向性を肯定的に捉えている。
南部稿は,ここ15年間で研究にかける時間の減少が著しいこと,組織としての所属大学に対する評価が低下していること(さきの帰属意識の低下と関連する),国立の一般大学では労働時間の変化が大きく教育研究環境に対する評価が顕著に低下していることなど,調査結果を報告している。
浦田稿は,研究費(競争的研究資金と基盤的研究資金)を分析し研究費当たりの生産性は必ずしも向上しておらず,多くの大学教員が該当する「スモールサイエンス」ではむやみに競争的研究資金を増加させるのではなく,基盤的研究資金の安定と研究時間や研究スペースなどの研究条件の整備が重要だとまとめている。
小方稿は,教員の学生にたいする厳しい見方が強まったこと,授業方法の改善は研究大学で顕著に進んだこと,を指摘し,教育の質は一部の大学だけでなく日本の大学システム全体の課題となっていることを示唆している。同時に,教育の質保証が現行システムの延長軸にあるかいなかについては慎重に留保している。
バックナンバーを見ると,「就職危機再来への戦略」(No.509, 2009.4),「学習環境としての大学図書館」(No.510, 2009.5),「国立大学法人――二期目への展望」(No.511, 2009.6),「模索する大学院」(No.512, 2009.7),「大学と教員養成」(No.513, 2009.8-9),「私立大学の針路」(No.514, 2009.10),「「学習させる」大学」(No.515, 2009.11),「GPの光と影」(No.516, 2009.12),「高等教育政策への期待」(No.517, 2010.1),「揺れる世界の大学」(No.518, 2010.2-3)と興味あるテーマが並んでいる。デジタル化されていないのが残念だ。

執筆者 タイトル
潮木守一 第三段階教育の登場と大学教員の変貌
竹内 洋 大学教員の世代間格差と衝突・軋轢
天野郁夫 歴史の中の大学教授職
有本 章 変貌する日本の大学教授職――15年間の検証
藤村正司 大学教員と管理運営
福留東土 研究と教育の変化
南部広孝 大学教員の労働と生活
浦田広朗 研究費と大学教員
小方直幸 大学教員の学生観の変容