609吉川卓治著『公立大学の誕生――近代日本の大学と地域――』

書誌情報:名古屋大学出版会,vii+392+6頁,本体価格7,600円,2010年7月5日発行

公立大学の誕生 -近代日本の大学と地域-

公立大学の誕生 -近代日本の大学と地域-

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帝国大学令1886年)制定以来帝国大学だけが大学だった時代を経て,大学令(1918年)によって北海道・府県・財団法人にも大学設立が認められるようになった。初めての公立大学大阪府によって大阪医科大学(1919年)――のちに大阪帝国大学医学部(1931年)となる――が設立された。
その後,愛知医科大学1920年)――のちに官立の名古屋医科大学(1931年)となり,さらに名古屋帝国大学医学部(1939年)――,京都府立医科大学1921年)――そのまま戦後を迎え新制大学となる――,熊本医科大学(1922年)――官立の熊本医科大学(1929年)を経て,戦後熊本大学医学部――と続く。大学令の一部改正によって市による大学設立が認められ,大阪市による大阪商科大学(1928年)――そのまま戦後を迎え大阪市立大学――が設立された。
帝国大学を大学として認める体制からいかに公立大学が生まれてくるかを大阪医科大学と大阪商科大学,愛知医科大学京都府立医科大学を例に,大阪医科大学初代学長佐多愛彦の大学論や文部省の方針転換と四府県・一市の大学昇格運動から分析しようとしたものだ。著者によれば,帝国大学=唯一大学論に抗して帝国大学相対化論として誕生した公立大学の理念は,「医育統一論」(単科大学論)が実現するものの「高等教育機関拡張計画」という国家理念に飲み込まれ,「未発の契機」のまま歴史のなかに伏流することになったという。
「「下位文化」を育んでいる地域との結びつきを内在化した公立大学理念には,大学自身がそうした逸脱(研究が思わぬ方向に進んでいってしまうこと:引用者注)を未然に制御する仕組みを考えていくための論理的な契機が含まれている」(327ページ)。国立86,公立95,私立597,計778大学(2010年度学校基本調査)となり,公立大学は今では国立を凌ぐ数となった。公立大学論はもっと議論されていい。