608矢野達雄著『庄屋抜地事件と無役地事件――近世伊予から近代愛媛へ,土地をめぐる法と裁判――』

書誌情報:創風社出版,557+6頁,本体価格4,000円,2010年7月31日発行

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庄屋抜地とは江戸時代の村方三役(村役人)のひとつである庄屋(関東では名主)に認められた一定の土地のことで,松山藩今治藩にあった。無役地は宇和島藩・吉田藩の庄屋役地である。これら役地は旧庄屋の私有地か,あるいは村の共有財産か。明治時代に提起された庄屋抜地係争事件19と無役地事件10をつぶさに検討し,土地所有権の理論問題を整理したのが本書である。あわせて全国的に自由民権運動が展開した時期と関連させるだけでなく,訴訟の当事者,代言人・弁護士,裁判官の人物像に触れ地域社会にそくした検証となっている。
中予の中小地主,南予の大規模土地所有という構図,庄屋抜地・無役地の近世的村落制度への強行策とする性格,個人および共同的観念による近世土地所有の特徴から,行政の無役地の旧庄屋層への全面的私有容認と司法の追認という著者の見通しは確かである。
愛媛県の特定の地域を舞台に展開された明治年間の訴訟事件の記録と検討」は,近世から近代への土地所有制度の変化,地方自治発展史,地域法制史という広がりをもち,「当該時期における全国的な広がりをもった問題が集約的に展開された事件の記録」だ。
庄屋抜地事件と無役地事件の判決翻刻の史料(170ページほど)は著者の丹念な発掘によっている。
『マンガからはいる法学入門』(新日本出版社,2004年,[isbn:9784406030731])と『マンガから考える法と社会』(同上,2008年,[isbn:9784406051125])の著者による力作である。