書誌情報:日本図書センター,284頁,本体価格1,500円,2011年2月25日発行
若者はなぜ「就職」できなくなったのか?―生き抜くために知っておくべきこと (どう考える?ニッポンの教育問題)
- 作者:児美 川孝一郎
- 発売日: 2011/02/18
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- -
大学(生)にたいして,厚労省からは「就職基礎能力」が,経産省からは「社会人基礎力」が,経済界からは「エンプロイアビリティ」が,文科省からは「小学校・中学校・高校を通じたキャリア教育の推進」が必要と主張され,それに対応して大学ではキャリア支援・教育が花盛りである。教育力調査の項目にキャリア支援・教育の有無が大きな比重を占めるようになった。著者の言を借りれば,「一匹の妖怪が学校教育の世界を徘徊している,キャリア教育という妖怪が」(56ページ),というわけである。
1980年代までの新規学卒一括採用と日本的雇用システムが揺らぎ,若者(高卒・大卒者)の雇用問題が学校教育を直撃しているという現状を直視したうえで,流行のキャリア支援・教育がはたして有効な措置たりえているのか。大学におけるキャリア支援・教育が18歳人口の減少に危機感をもった大学間の生き残り競争であり,文科省が進めるキャリア教育が強力な政策展開であるというちがいはあれ,「いびつ」という著者の判断は正しい。「全国の大学は,一般教養の教育や専門教育そのものを充実させることを通じてではなく,それとは無関係に,「キャリア教育科目」やキャリア支援プログラムを充実させることに躍起になっているように見える」(42ページ)・「まっとうな一般教養の教育や専門教育で培った力こそが,苦境に際しても,若者たちがしたたかに我が道を切りひらいていくことを助ける力になるはず」(49ページ)なのだ。
自己分析・自己理解を深め,生涯にわたる生き方やキャリアについて考えるという定番のキャリア支援にたいして,「社会認識と職業理解,そして労働(働くということ)についての理解をこそ出発点にすべき」(183ページ)という意見にも同意できる。また,実際のキャリア支援・教育が厳しい労働環境に耐え,正社員こそ勝ち組であるという「「適応」の論理」(155ページ)・「正社員モデル中心主義」(170ページ)になっているのではないかという指摘も当たっている。
人文・社会科学系学部のような職業世界との結びつきの弱い学部群では「自らの専門教育の内容の職業的レリバンス」(4章以降頻出)を強めるべきと言う主張は,大学が学生の職業能力形成に無頓着であったという著者の考え認識と結びついている。それが「一定の職業能力(の基礎)」(206ページ)と表現し,専門教育が「十分に意識的・自覚的になっていけばよい」(208ページ)とする内容であるならば,そのかぎりで評者も同じ意見である。
「キャリア教育という妖怪」に容喙したい大学人にとっては時宜に適った本だ。
- 関連エントリー
- 倉部史記著『文学部がなくなる日』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20110902/1314975250
- 今野浩著『工学部ヒラノ教授』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20110901/1314886469
- 諸星裕著『大学破綻――合併,身売り,倒産の内幕――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20110828/1314541337
- 寺田篤弘著『壊れる大学――ドキュメント・日本大学国際関係学部――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20110827/1314456895
- 吉見俊哉著『大学とは何か』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20110823/1314111995
- 洋泉社MOOK『データでわかる日本の未来 危ない大学――最高学府の耐えられない軽さ――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20110822/1314022951
- 吉川卓治著『公立大学の誕生――近代日本の大学と地域――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20110703/1309699074
- 被災学生等への学習・研究支援について(愛媛大学)→https://akamac.hatenablog.com/entry/20110330/1301491843
- 自宅待機の学生は大学図書館を利用しよう→https://akamac.hatenablog.com/entry/20110328/1301324121
- 東北地方太平洋沖地震・津波と国公立大学後期日程試験→https://akamac.hatenablog.com/entry/20110311/1299852880
- 「教養と大学」論→https://akamac.hatenablog.com/entry/20110227/1298813283
- 山内祐平編著『学びの空間が大学を変える――ラーニングスタジオ/ラーニングコモンズ/コミュニケーションスペースの展開――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20101222/1293025066
- 松野弘著『大学教授の資格』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20101205/1291557955
- 高橋哲雄著『先生とはなにか――京都大学師弟物語――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20101114/1289744297
- 上山隆大著『アカデミック・キャピタリズムを超えて――アメリカの大学と科学研究の現在――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20101110/1289398754
- 今年度の入学者選抜実施状況→https://akamac.hatenablog.com/entry/20101001/1285937044
- 国公立大学入学者選抜から見えること→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100908/1283954852
- 石渡嶺司他著 『就活のバカタレ――企業・親・学生が聞きたい&言いたい本当の話!――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100827/1282921613
- 辻太一朗著『就活革命』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100623/1277302048
- 大塚英志著『大学論――いかに教え,いかに学ぶか――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100506/1273156602
- 常見陽平著『就活難民にならないための大学生活30のルール』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100429/1272554173
- 山内太地著『こんな大学で学びたい!――日本全国773校探訪記――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100427/1272381894
- 『IDE現代の高等教育』第519号(2010年4月号)→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100409/1270825642
- 友野伸一郎著『対決! 大学の教育力』→ https://akamac.hatenablog.com/entry/20100319/1269012750
- 杉原厚吉著『大学教授という仕事』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100306/1267884753
- 海老原嗣生著『学歴の耐えられない軽さ――やばくないか,その大学,その会社,その常識――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100214/1266155982
- 「大学の敗北」論――『中央公論』2010年1月号の特集→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100130/1264862691
- 猪木武徳著『大学の反省(日本の<現代>11)』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100112/1263308169
- OECD編著(森利枝訳・米澤彰純解説)『日本の大学改革――OECD高等教育政策レビュー:日本――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20091230/1262185682
- 吉岡直人著『さらば,公立大学法人横浜市立大学――「改革」という名の大学破壊――』,高橋寛人著『20世紀日本の公立大学――地域はなぜ大学を必要とするか――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20091121/1258813743
- 田中秀臣著『偏差値40から良い会社に入る方法』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20091119/1258639956
- 潮木守一著『職業としての大学教授』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20091106/1257520460
- 水月昭道著『アカデミア・サバイバル――「高学歴ワーキングプア」から抜け出す――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20091013/1255444532
- 『図表でみる教育 OECDインディケータ(2009年版)』概要→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090922/1253628189
- 天野郁夫著『大学の誕生(下)――大学への挑戦――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090908/1252417973
- 天野郁夫著『大学の誕生(上)――帝国大学の時代――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090714/1247579394
- 上垣豊編著『市場化する大学と教養教育の危機』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090708/1247060712
- 大学「絶対絶命」論――『ZAITEN』2009年7月号の特集→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090613/1244900384
- 石渡嶺司著『大学進学・就活 進路図鑑2010』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090610/1244642789
- 全国大学高専教職員組合編『大学破壊――国立大学に未来はあるか――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090519/1242742345
- 西山雄二編『哲学と大学』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090420/1240234487
- 黒木登志夫著『落下傘学長奮闘記――大学法人化の現場から――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090402/1238679775
- 柳川範之著『独学という道もある』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090217/1234879686
- 竹内洋著『学問の下流化』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090206/1233929764
- 諸星裕著『消える大学 残る大学――全入時代の生き残り戦略――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090127/1233067162
- 困難に立ち向かう「大学の困難」論――『現代思想』2008年9月号の特集→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090115/1232026512
- 絶望的な「大学の絶望」論――『中央公論』2009年2月号の特集→https://akamac.hatenablog.com/entry/20090114/1231943106
- 橘木俊詔著『早稲田と慶応――名門私大の栄光と影――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20081006/1223305104
- 三浦展著『下流大学が日本を滅ぼす!――ひよわな”お客様”世代の増殖――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080822/1219398745
- 潮木守一著『フンボルト理念の終焉?――現代大学の新次元――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080820/1219226599
- 中井浩一著『大学「法人化」以後――競争激化と格差の拡大――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080814/1218703847
- 学術研究フォーラム編『大学はなぜ必要か』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080409/1207734289
- 苅部直著『移りゆく「教養」』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080201/1201860833
- 水月昭道著『高学歴ワーキングプア――「フリーター生産工場」としての大学院――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071108/1194511861
- 石渡嶺司著『最高学府はバカだらけ――全入時代の大学「崖っぷち」事情――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071106/1194341149
- 大学論2著:(1)絹川正吉著『大学教育の思想――学士課程教育のデザイン――』,(2)寺崎昌男著『大学は歴史の思想で変わる――FD・評価・私学――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071003/1191403883
- 都立の大学を考える都民の会編『世界のどこにもない大学――首都大学東京 黒書――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20071002/1191317421
- 有本章・北垣邦雄編著『大学力――真の大学改革のために――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070924/1190627579
- 島田次郎著『日本の大学総長制』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070801/1185975126
- 寺崎昌男著『東京大学の歴史――大学制度の先駆け――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070530/1180527532
- 中井浩一著『大学入試の戦後史――受験地獄から全入時代へ――』(その2)→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070421/1177134519
- 中井浩一著『大学入試の戦後史――受験地獄から全入時代へ――』(その1)→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070419/1176974525
- 竹内洋著『大学という病――東大紛擾と教授群像――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070305/1173063276
- 1年前のエントリー
- 「日中韓等の大学間交流を通じた高度専門職業人育成事業」→https://akamac.hatenablog.com/entry/20100903/1283519306
- 2年前のエントリー
- おさぼり
- 3年前のエントリー
- 社団法人国立大学協会『国立大学の目指すべき方向――自主行動の指針――』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080903/1220435982
- 坂井昭夫さんの「書斎の灯」→https://akamac.hatenablog.com/entry/20080903/1220435983
- 4年前のエントリー
- 富塚良三著『再生産論研究』→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070903/1188812142