635児美川孝一郎著『若者はなぜ「就職」できなくなったのか?』

書誌情報:日本図書センター,284頁,本体価格1,500円,2011年2月25日発行

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大学(生)にたいして,厚労省からは「就職基礎能力」が,経産省からは「社会人基礎力」が,経済界からは「エンプロイアビリティ」が,文科省からは「小学校・中学校・高校を通じたキャリア教育の推進」が必要と主張され,それに対応して大学ではキャリア支援・教育が花盛りである。教育力調査の項目にキャリア支援・教育の有無が大きな比重を占めるようになった。著者の言を借りれば,「一匹の妖怪が学校教育の世界を徘徊している,キャリア教育という妖怪が」(56ページ),というわけである。
1980年代までの新規学卒一括採用と日本的雇用システムが揺らぎ,若者(高卒・大卒者)の雇用問題が学校教育を直撃しているという現状を直視したうえで,流行のキャリア支援・教育がはたして有効な措置たりえているのか。大学におけるキャリア支援・教育が18歳人口の減少に危機感をもった大学間の生き残り競争であり,文科省が進めるキャリア教育が強力な政策展開であるというちがいはあれ,「いびつ」という著者の判断は正しい。「全国の大学は,一般教養の教育や専門教育そのものを充実させることを通じてではなく,それとは無関係に,「キャリア教育科目」やキャリア支援プログラムを充実させることに躍起になっているように見える」(42ページ)・「まっとうな一般教養の教育や専門教育で培った力こそが,苦境に際しても,若者たちがしたたかに我が道を切りひらいていくことを助ける力になるはず」(49ページ)なのだ。
自己分析・自己理解を深め,生涯にわたる生き方やキャリアについて考えるという定番のキャリア支援にたいして,「社会認識と職業理解,そして労働(働くということ)についての理解をこそ出発点にすべき」(183ページ)という意見にも同意できる。また,実際のキャリア支援・教育が厳しい労働環境に耐え,正社員こそ勝ち組であるという「「適応」の論理」(155ページ)・「正社員モデル中心主義」(170ページ)になっているのではないかという指摘も当たっている。
人文・社会科学系学部のような職業世界との結びつきの弱い学部群では「自らの専門教育の内容の職業的レリバンス」(4章以降頻出)を強めるべきと言う主張は,大学が学生の職業能力形成に無頓着であったという著者の考え認識と結びついている。それが「一定の職業能力(の基礎)」(206ページ)と表現し,専門教育が「十分に意識的・自覚的になっていけばよい」(208ページ)とする内容であるならば,そのかぎりで評者も同じ意見である。
「キャリア教育という妖怪」に容喙したい大学人にとっては時宜に適った本だ。