437月刊『創文』から季刊『創文』へにかこつけて

日本学士院第54回公開講演会が無事終わった(下記関連エントリー参照および愛媛新聞記事→http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20110529/news20110529542.html)。公開講演会委員会委員長として昨日から水田洋さん(面と向かっては「先生」と呼ぶ)が来松され,昨日はホテルにて2時間ほど,今日は昼食まで1時間ほどそれぞれたっぷりお話することができた。
水田さんから月刊から季刊になった『創文』2011春NO.1をいただいた。月刊『創文』は第537号(2010年12月号)で終刊となり,あらたに季刊誌として再出発した。大月康博「続・時空の交差点 (1) ――コペルニクスの転回――」,水田「プロテジェ(被後見人)の反乱――アダム・スミスの場合――」,浅見洋二「子どもの情景,あるいは田園の憂鬱――楊万里の詩について――」,井柳美紀「多様性とつながり――『百科全書』以降のディドロの政治思想――」,橋本努「(書評)大胆かつ一貫したヒューム像――森直人『ヒュームにおける正義と統治』――」がその内容だ。
水田さんは1919年9月3日のお生まれだから御年91歳である。今朝ホテルに伺うとなんと車椅子に乗っていらっしゃる。部屋で体をひねり,腰の上部を痛めてしまったそうだ。名古屋からの移動の疲れが出たのかもしれない。講演会終了後,各種予約の変更や航空便の手配などを学士院の事務局の方にお願いしたのだった。
原稿は今はパソコンで執筆されるそうで,メールも使われる。今秋のある学会では報告も予定しているとか。「クリティカル」(水田の評論集のタイトルから)な水田はなお健在である。