698梓林太郎著『回想・松本清張――私だけが知る巨人の素顔――』

書誌情報:祥伝社文庫(あ-9-21),286頁,本体価格600円,2009年10月20日発行

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先週末空港に着いてから,往復の機内と3泊のホテルで読むべく用意していた本をバッグに入れるのを忘れたことに気がついた。とりあえず往路の機内で読む本を売店仕入れたのがこの本だった(四六版は『霧の中の巨人――回想・私の松本清張――』として2003年11月刊行)。
山岳ミステリ作家の著者(公式HP→http://azusa-rintaro.jp/)の作品はこれまで読んだことがない。松本清張に定期的に情報を提供していたという惹句に引かれて購入した。松本清張との親交と中年になってからの著者の作家デビューまでの軌跡を披露している。著者が折りに触れて,あるいは請われて松本清張に伝えたヒントは,柏崎・鯨波の洞窟が『不安な演奏』に,競馬の馬主の情報を売る秘書が『馬を売る女』に,テレビ視聴率の題材が『渦』に,フランス石油資金が『状況曲線』に活かされたという。
松本清張と著者の職業遍歴とを織り交ぜ,いくつかのエピソードを紡いでいた。松本清張というかつてのベストセラー作家に20年来ネタを提供した著者の清張回想録もさることながら,作家として独り立ちするまでの著者の回想録のほうが主旋律である。さらっとした書き味ながら人並み以上の苦労がしのばれる。
松本清張作品は学生時代の後半にかなり入れ込み文庫になったものはすべて読んだ。院進準備そっちのけで読んだことになるので,評者にとっての松本清張は忘れがたい作家の一人である。本書にあった松本清張エピソードは評者の読書記と重なり,「若き餓えてるの悩み」ならぬ煩悶している評者を思い出した。