802桜井英治著『贈与の歴史学――儀礼と経済のあいだ――』

書誌情報:中公新書(2139),v+232頁,本体価格800円,2011年11月25日発行

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好意や感謝,ときには愛情を形に表した贈り物となにかしら見返りを期待した贈り物がある。前者を儀礼的贈与,後者を経済的贈与と呼ぶとすれば,もともと前者があり市場経済貨幣経済が浸透するとともに後者が主となると考えるべきなのだろうか。
著者は贈与慣行の起源を中世(鎌倉・室町時代,12世紀から16世紀ごろまで)に遡り,「日本史上,いやおそらくは世界的にも例をみない,極端な功利的性質」(iiページ)をもっていることを明らかにしている。儀礼的贈与は中世にも存在し現代にも継承されている。経済的贈与はなにも後世のものではなく早くも中世において「功利的性質」をもって存在していたというのが著者の発見である。「一部は現代に継承され,他の一部は歴史の彼方に消えていったさまざまな贈与の振る舞い」(vページ)を見る度,義理や人情,さらには賄賂という一種不変の人間の営みを実感させられる。
前近代の税の起源に贈与原理をおき,徳政や有徳思想の体現として強制される贈与の展開を経て,やがて贈与原理が市場経済に席を譲り,儀礼社会としての成熟をもたらすという発展(衰退)の論理は読み取ることができた。このときのキーワードは「功利主義」である。社会・経済思想史の「功利主義」ではなく,我利我利亡者の意味の「功利主義」である。「贈与経済が市場経済の影響をこうむって変質したというより,共通の功利主義的精神が,一方で贈与経済の領域に,他方で市場経済の領域に並行的な進化をもたらした」・「贈与経済と市場経済功利主義三者は100年の蜜月をともにすごしたのち,贈与経済だけがそこから身を引いた」(174ページ)のだ。
中世における贈与経済論の展開は,税の起源を「経済外強制」にもとめたり,一国内の経済的発展から説明する「マルクス主義歴史学に典型的な理論的破綻例」(115ページ)を意識したものでもある。儀礼と経済のあいだには人間模様と社会構造の理解の鍵がある。