書誌情報:新潮選書,267頁,本体価格1,200円,2010年4月25日発行
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われわれおじさん世代の青春時代の酒といえば,ウィスキーか日本酒かビール――瓶ビールだけで圧倒的にキリン,ただし大勢で飲むときにはサッポロ・ジャイアント――である。なかでもウィスキーはサントリーとニッカが双璧で,仕送りや奨学金が入るとサントリーの角やオールド,またはホワイトのボトル・キープでつかの間のリッチ感を味わうのだった。ウィスキーの出荷量は1983年をピークに右肩下がりだったが,われわれも愛飲した,ウィスキーをソーダで割るハイボールで人気復活だ。
この本にはそのウィスキーが仕込んであるようだ。サントリーでウィスキー造りにかかわってきたプロによるウィスキーの本ですっかり酔ってしまったからだ。「ウィスキーの酔いは清酒やビールとは違って,飲むほどに頭が冴え,想像力が掻き立てられて,次々とアイディアが浮かぶ」(17ページ),あの酔いである。ウィスキーの綴りには,whiskey と whisky の両方がある。サントリーでは,「「スコッチ」「カナディアン」「日本」では Whisky。「アイリッシュ」と「アメリカン」では Whiskey という綴りを使った製品が一般的には多いようです。アイルランド本国では Whiskey と表示しており,アメリカでウイスキー蒸溜所をつくった創設者には,アイルランド出身者が多く,その流れをくんだためと言われています。」(お客様センター→http://www.suntory.co.jp/customer/faq/001773.html)と答えている。
著者によるウィスキー起源探求は綴りの違いなどをはるかに超え深い。ウィスキーといえばスコッチといわれる常識を覆し,ケルトの国アイルランドにその起源を辿っていく。ヨーロッパの歴史,文化,宗教と蒸溜法という技術を結びつけ,キリスト教の生命の水「アクアヴィテ」の医薬品・祭祀用秘薬から飲酒品になる歴史を検証している。ワインとエール(ビール)の関係から後者のウィスキーの誕生物語はスリリングだ。
ワインに蒸溜法を適用すればモルトワインまたはブランデーになり,ビールにすればウィスキーになる。たったそれだけの違いのなかに古代エジプトや古代ローマの勢力拡張,イングランド・スコットランド・アイルランドを巡る民族・宗教抗争の縮図があるのだ。16世紀から20世紀初頭までのウィスキーの盟主はアイルランドだった。ウィスキーといえばスコッチといわれるようになるのは,アイリッシュの製法(これについても詳述)のみならず,いやそれ以上にイングランドとの政治的・宗教的角逐――イングランドのアイルランドにたいする支配――にあった。
蒸留酒誕生4000年の軌跡が蒸溜法というたしかな技術視点とさまざまなエピソードとで叙述されている。評者ならずとも酔えるはずだ。
惜しむらくは,ほんの数ページで済むはずなのに事項・人名索引がないこと。編集者のこだわりを見せて欲しいところだ。
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