1124亀井秀雄著『日本人の「翻訳」――言語資本の形成をめぐって――』

書誌情報:岩波書店,xvi+179頁,本体価格3,000円,2014年3月25日発行

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新日本古典文学大系 明治編』(岩波書店刊)の月報「明治期の翻訳における言語・文化」連載をまとめたもの。
英語圏の人間と接するようになった時,日本語と英語とをひとまず一対一の対応させることから翻訳が始まった。同じ概念が存在すれば機械的に対応させるやり方だ。だが同じ概念でも意味するとことは微妙な差異を含んでいることから「ある国の言葉は対話や類語などとの相関関係のなかで概念の幅を確定され,同時に維持されていく」(xivページ)。翻訳行為は言語だけでなく記号や形式もその内容に含み,また「語り手」も登場する。豊富な実例による翻訳事始はエピソード満載だった。
1863(文久3)年に伊豆・御蔵島に黒船が漂着した時,栗本市郎左衛門という若い役人が交渉に当たり英語の単語帳を残した。その中に「WHISKEY 酒おいしゐ/フシケ」とあった。著者はおいしい酒に注目していたが,評者は WHISKEY の綴りに目が行った。この時代からアメリカ人は E あり WHISKEY だったからだ。よく知られているように,アメリカやアイルランドのウィスキーは WHISKEY で,スコットランドや日本では WHISKY である。
日本における英(米)語の翻訳は会話書の口語訳だったとは本書で初めて知った。
マルクスの価値形態論の一節を引き(相対的価値形態と等価形態,自分の価値(抽象的人間労働)を他の商品の使用価値(具体的有用労働)で表すこと),「ある具体的な発話(パロール)は「誰が何について,どんなことを言ったか」を表現するとともに,抽象的な言語(ラング)の規則をも表現しているのだ」(176ページ)と「言語的等価交換」に応用していた。翻訳はまさしく「言語表現形態論」(評者の造語)だったのだ。