572リチャード・ランガム著(依田卓巳訳)『火の賜物――ヒトは料理で進化した――』

書誌情報:NTT出版,266頁,本体価格2,400円,2010年3月31日発行

火の賜物―ヒトは料理で進化した

火の賜物―ヒトは料理で進化した

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エチオピアのハダールで見つかった約320万年前のアファール猿人(アウストラオピテクス・アファレンシス)の足裏にヒトと同じ土踏まずのアーチ上の形があったという。左足の薬指と足首の部分にある第4中足骨の完全な化石から,アーチを持つヒトの骨と同じ特徴をもっていることから知情での直立二足歩行をしていた証拠となる(以上,日経新聞2011年2月11日付,オリジナル→Carol V. Ward, William H. Kimbel, and Donald C. Johanson, Complete Fourth Metatarsal and Arches in the Foot of Australopithecus afarensis, Science 11 February 2011: Vol. 331 no. 6018 pp. 750-753: DOI: 10.1126/science.1201463→アブストラクト:http://www.sciencemag.org/content/331/6018/750.abstract?sid=e7edf579-7dd7-432d-b159-0154de8bdb58)。
アウストラロピテクスは「チンパンジーほどの背丈で木登りがうまく,類人猿と同等の大きさの胃を持ち,鼻から口にかけては類人猿のように突出していた。脳の大きさもチンパンジーとさほど変わらない」(3ページ)。260万年前には丸い石を意図的に打ち削ってナイフにして,死んだレイヨウから舌を切り取ったり,動物の肢の腱を切って肉を切り取ったりした。さらに230年前にはハビリス――類人猿から人間をつなぐ「ミッシング・リンク」で,頭蓋骨は6つ,手足を含む全身に近い標本は2体のみ発見――が登場し,ナイフを作り,現存する類人猿の2倍の大きさの脳を持っていた。190年前から180万年前にハビリスがホモ・エレクトスに進化し,われわれとほぼ同じ身体的特徴を確立するようになる。約20万年前になるといまのヒトが現れる。人類学の通説「狩るヒト」説ではアウストラロピテクスからホモ・エレクトスへの転化は「肉食」によるとされる。だがハビリスからホモ・エレクトスへの移行はこの「肉食」で説明できるのか。
著者はホモ属(ヒト属)の出現は火の使用と料理の発明(「料理」説)によるとし,食事法による適応したと考える。「私たちヒトは料理をするサルであり,炎の動物である」(16ページ)とする。口,顎,歯,胃,大腸,小腸という消化器官を小さくすることで,生食(とくに生肉)を食べることより料理したものを食べることに適応したというわけだ。加工された食品を口にすることから消化の重労働をヒトから軽減し,脳の活性化に振り向けることができる。「ヒトが食物を料理して食べるのは,それにふさわしい歯や胃腸を持っていたからではない。料理した食物に適応した結果,小さな歯と短い胃腸器官を持つに至った」(90ページ)のだ。
ホモ・エレクトス(180万年前),ホモ・ハイデルベルゲンシス(80万年前),ホモ・サピエンス(20万年前)という大きな進化の節々のどこかで料理が定着したと推定する。葉から根への移行,肉食への移行,さらには肉の加工という食事の変化と脳の成長を説明する。
著者の際立つ主張は,料理によって人間社会の性別分業体制に言及していることだ。性別分業は狩猟によるとの主張は以前からあるようだが,さらに立ち入って料理による男女間の経済的なやりとりを前提とする世帯の発達をみる。「男性は社会的な力を利用して,女性が食物を奪われないことを保証し,かつ料理という仕事を女性に割りふることによって,みずからの食事を確保した」(154ページ)し,「料理は男性の文化的優位という新しい制度を作り出し,永続化した」(176ページ)。これを指して著者が「決して美しい図式でない」(同)というように,食事システムによって配偶システムが規定される新しい見方を提唱していることになる。
霊長類の行動分析と世界の民俗学の知見をふまえ,食のもつ社会的意味を問うた刺激的な書だった。