571木村汎・袴田茂樹・山内聡彦著『現代ロシアを見る眼――「プーチンの十年」の衝撃――』

書誌情報:NHKブックス(1162),317頁,本体価格1,200円,2010年8月25日発行

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NHKスペシャルの「揺れる大国 プーチンのロシア」シリーズは,プーチン流国家資本主義,強い国家の対極にある庶民の救済の場・ロシア正教,政治対立と民族独立の狭間のグルジアそして軍の再生の要と位置づけるカデットの子どもたちを通しての軍事大国ロシアと,プーチン・ロシアの実態を伝える佳作だった*1(「プーチンのリスト」2009年3月1日→http://www.nhk.or.jp/special/onair/090301.html,「失われし人々の祈り」2009年3月2日→http://www.nhk.or.jp/special/onair/090302.html,「離反か従属か」2009年3月22日→http://www.nhk.or.jp/special/onair/090322.html,「プーチンの子どもたち」2009年3月23日→http://www.nhk.or.jp/special/onair/090323.html)。
北方領土問題に歴史も責任も感じさせないロシアの姿勢はどこからくるのか。プーチンとメドベージェフは一体なのか。ロシアに関する情報の圧倒的少なさを補う一書である。
エリツィンプーチンを首相に指名した1999年8月9日を「現代ロシア史を画する分水嶺」(9ページ)とする。その後2000年3月から2008年5月まで大統領を務めたプーチンの時代を含めて「プーチンの十年」とし,ソ連邦崩壊から90年代までのプーチン前史を「現代ロシア人の国民的原体験」(19・39ページ)と特徴づける。エリツィン時代には市場経済がまともに機能せず国有財産や国営企業をもとにした「新ロシア人」(オリガルヒ・新興財閥)が利益を享受しえた。
プーチンエリツィン,さらにはゴルバチョフペレストロイカ路線からの修正・克服を課題とし,強い国家権力の存在と維持を目的とした(「ロシア版社会契約論」(69ページ))。国家権力強化のためにプーチン政権の中枢に登用されたのがシロビキ(旧KGB,軍部,内務省などの「権力省庁」にかつてまたは現在勤務する人々)とプーチンの人脈・サンクトペテルブルグ閥である。かれらによる国策会社や独占企業体によって武器やエネルギーの輸出,パイプラインの敷設をおこない労せずして膨大なレントが政権に環流してくるシステムを構築した。それゆえプーチン政権は,「エネルギー資源をロシア国内において自身の権力基盤を固める目的のためばかりでなく,国際的な舞台でロシアの発言力を増大させるための手段としてもフルに活用した」「「(資源)レント・シェアリング」で結びついた利益集団」(73ページ)とみる。プーチンの時代はいかにも経済発展を遂げたようにみえるが,原油とガスがロシアの輸出の63.3%,国家収入の44%を占め,「原油高騰価格とぴったり合致した十年間」(289ページ)であり, IMF,世銀などへの借金返済と安定化基金を含む金外貨準備金に当てられ,国内のインフラ整備などには回らなかった(08年以降の経済危機の衝撃を吸収するクッションの役割を果たした)。「プーチノミックス Putinomics 」はあってなきがごとしというわけだ。
ロシア経済は「バザール経済と資源輸出国」(182ページ)にあり,大統領・メドベージェフ,首相・プーチンの「タンデム政権」(本書で頻出)にあっての課題はプーチン路線の一定の修正(メドベージェフは「ロシアの近代化」と表現)であり,「ポスト・プーチン主義へと脱皮する必要性に迫られている」(301ページ)。
リベラリスト」メドベージェフの登場だったとしてもロシア国内や周辺の旧ソ連諸国への強権政治は変わっていない。「ロシアで近い将来,民主的な制度が実現される可能性はない」(256ページ)としながらもメドベージェフへの期待は強く感じられる。「ロシアよ,進め!」(メドベージェフの09年9月10日の論文タイトル)は事実上プーチン批判を含意しているというが,「タンデム政権」の分析と評価はこれからだ。

*1:NHK取材班『揺れる大国 プーチンのロシア』(NHK出版,2009年6月,[isbn:9784140813836])。これは未読。