762大内秀明著『ウィリアム・モリスのマルクス主義――アーツ&クラフツ運動を支えた思想――』

書誌情報:平凡社新書(645),239頁,本体価格820円,2012年6月15日発行

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著者は作並――仙台近郊の温泉で有名――に「賢治とモリスの館」を解説し,ふたりの思想と生き方を紹介しているという(作並には何度か行ったことがあるが,2003年に開設したこの館については本書で知った)。『資本論』をイデオロギーの呪縛から解放して「共同体社会主義」を志向したと評価するモリスと彼の思想を受容した宮沢賢治への思いはことのほか強い。
社会主義の系譜にマルクスからの正統的な継承者としてモリスの「共同体社会主義」を位置づけ,ラサールにはじまる国家社会主義スターリンマルクスエンゲルスレーニン系譜)型社会主義社会主義市場経済とは一線を画するものとして再評価する。著者のモリスの思想的営為を巡る旅はここに収斂するようだ。
モリスは『資本論』を常に持ち歩き何度も読み直していたという。「M・J・ロワによる原著からのフランス語訳,1872-75年。パリのモーリス・ラシャトル社刊,緑色の革張りで製本,金箔はトマス・コブデン=サンダーソンによる(1884年10月9日完成)29.0×21.6cm」
アーツ&クラフツを支えた「芸術は,労働における人間の喜びの表現である」とのモリスの芸術論の基礎と手仕事や職人に価値を見いだす労働観は『資本論』の叙述から多くを学んでいる。モリスをモリスたらしめたものはマルクスにある。この執拗な追求が本書といっていい。夏目漱石芥川龍之介をしてモリスに近づけた理由の解読ともいえるかもしれない。
かくして「論理と歴史の統一」・「科学とイデオロギーの統一」・「理論と実践の統一」の「ドグマ」から「『資本論』の科学によって基礎づける〈科学的社会主義〉」(159ページ)を主張したモリス(と宇野理論)が浮かび上がるというわけである。
モリスをもっぱら文化経済学や芸術論で再評価することになったかつての経緯をふまえていえば,本書によって思想的系譜への再定置がはたされることになった。