834塩見鮮一郎著『中世の貧民――説経師と廻国芸人――』

書誌情報:文春新書(890),265頁,本体価格890円,2012年11月20日発行

中世の貧民 説経師と廻国芸人 (文春新書)

中世の貧民 説経師と廻国芸人 (文春新書)

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説経節小栗判官』(『をぐり』)を題材に,「六根片端」(目・耳・鼻・舌・身・意の六感が不自由なこと)な「をぐり」が関東の荒野から熊野本宮までの紀行とともに歩み,中世貧民の姿を追っている。
『をぐり』は公家の嫡男の堕落と救済,衰亡と再生の物語と関東の武将物語が接ぎ木されており,その解き明かしも本書の筋である。「(「をぐり」が乗っている)土車が関東と関西を串刺しにして繋ぎ,「閻魔の地獄」と「熊野の浄土」が出現する神曲」(56ページ)という作品解読である。
「システムの外側に放逐されている」細工師や大工,壁塗りや絵師,漁師や猟師,駕籠かきや座頭,山伏や鉦叩き,説経師,街娼,猿回し,葬送関係の者,穢多と呼ばれる集団などいわゆる賤民が多数出てくるわけでもない。安寿とづし王の物語を挿入しつつ,仏教の教説ではなく,「をぐり」の「俗物的な蘇生譚」(255ページ)に救済をもとめた庶民・賤民の「不具と不治の普遍」(254ページ)を導いている。
今に残る説経節と宗教的救済との距離の確認にあるのだとすると,中世貧民の諸相という主題とは離れてしまったようだ。