882諸富徹著『私たちはなぜ税金を納めるのか――租税の経済思想史――』

書誌情報:新潮選書,302頁,本体価格1,400円,2013年5月25日発行

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納税は権利なのかそれとも義務なのか。イギリス市民革命後の近代国家の租税理論の主流はそれを自発的納税倫理として権利とみなす考え方である。それにたいして有機的国家観にもとづき景気循環の調整,所得再分配機能,法人コントロールなど社会政策的目的を重視したドイツ源流の義務とみなす考え方がある。第二次世界大戦分水嶺として日本の納税観は,後者から前者に大きく旋回する。
個人と国家との間の関係に横たわる社会経済システムの変化を軸に租税思想を辿った本書は税制の可変性を明らかにし,法人・国家・市民社会の関係を再考させる。市民革命期のイギリス,19世紀のドイツ,19・20世紀のアメリカと権利,義務,公平課税論の源から,反独占のための法人税導入をめぐるニューディール期の租税政策,さらには「租税史上,あらたな画期」(198ページ)とみるEUの金融取引税の意味を確定しようとしている。
著者は,課税対象をより広くするという包括的所得という考え方をそのままに,いまひとつの租税原則である累進性を限りなく緩め,法人税の引き下げを競い合う現状を肯定しているのではない。「課税権力としての国家は,移動性の高い所得源に対する課税能力を徐々に喪失しつつあり,移動性の低い税源への依存度を高めることによって,国家運営の源ともいうべき税収をなんとか維持し,グローバル化に対抗してきた」(245ページ)のだ。
フランスの国際連帯税やEUの金融取引税を例として挙げ「グローバルタックス」の可能性を論じつつ,法人と国家が国民国家の制服を脱ぎ捨てつつある21世紀にひとり市民社会が残されているのではないかという著者の見立てのなかには,まだまだ遠いが確実に太い道が見えている。