1715猪谷千香著『ギャラリーストーカー——美術業界を蝕む女性差別と性被害——』

書誌情報:中央公論新社,227頁,本体価格1,600円,2023年1月10日発行

画廊で作品の展覧会を開く作家にたいし,話しかけ,居座り,説経まがいのマウンティング,セクハラなどの迷惑行為をするギャラリーストカーの実態を暴いた初めての書物だ。「ギャラリーで女性作家相手に無料でキャバクラ気分味わってるバカオヤジがいます」とマンガにもなり,注目されたという。40代以上の中高年男性に多いギャラリーストーカーは,大量に作家の作品を買い,作家を支えるとの善意の自意識を底流にもっている。
さらに本書では美術業界の著名作家やキュレーター,有名美術館の学芸員などによるハラスメントを追い,美術業界の構造手金な問題にメスを入れる。そこから見えてきたことは,そもそも美術の教育現場にその原因の一端があり,予備校講師によるハラスメントであった。「たとえ才能があったとしても,それは他の人の人権や尊厳を踏みにじって良いという免罪符には絶対になり得ない」(135ページ)のに,男性社会の業界構造が女性差別と性被害を生み出していた。
1989年,アメリカの匿名アーティスト集団「ゲリラ・ガールズ」は,新古典主義のドミニク・アングルの「グランド・オダリスク」の裸婦に,ゴリラのかぶりものをかぶせたパスターに
Do women have to be naked to get into the Met. Museum?(女性がメトロポリタンミュージアムに入るには,裸にならなければならないの?)
と書き,美術館のジェンダー・バイアスを指摘した(189ページで紹介されている)。
あわせて日本の公共空間に裸婦像が多く,愛や平和を象徴させている著者の問題関心も書き込まれている。
千葉市の企画画廊「くじらのほね」のギャラリーストーカー対策や芸術分野の環境改善を目指す団体の設立,「表現の現場調査団」の活動などハラスメントに取り組む動きは美術業界を確実に変えることに繋がるはずだ。