722岩田弘三著『近代日本の大学教授職――アカデミック・プロフェッションのキャリア形成――』

書誌情報:玉川大学出版部,291+ix頁,本体価格4,900円,2011年2月25日発行

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本書でも「きわめて重要な文献」(「あとがき」,289ページ)としている類書として,天野郁夫著『大学の誕生(上)――帝国大学の時代――』,同『大学の誕生(下)――大学への挑戦――』と潮木守一著『職業としての大学教授』をあげることができる(関連エントリー参照)。本書は戦前期の大学教授職のアカデミック・キャリア形成と職階(とくに助手と助教授),大学教授市場を分析している。日本の大学における「閉鎖性」の起源と各職階毎の資格の詳細を論じているのが最大の特徴である。
1897(明治30)年に2番目の帝国大学として京都帝国大学の創設までは東京帝国大学の正式名称は帝国大学であった。また,1919(大正8)年までは学部ではなく分科大学が正式名称だった。戦前期の帝国大学の教授職に明文化された資格規定はない。公私立においても認可手続の規定はあるが,同様に明文化されたものはない。また,現在の大学教授キャリア形成に大学院修了は大きな意味をもっている。戦前期にあっては「特別の施設やカリキュラムをもっていたわけではなく,一部のごく短い時期を除いて,実際には大学卒業者の就職や留学の順番待ちのための溜り場,あるいは徴兵延期の手段としてしか機能していなかった」(27ページ)とある。
帝大学士で占められていた帝大助教授,自校出身者からの助教授採用(「同系繁殖」),出身学校・卒業年次と教授昇進の関係,教授あるいは教授昇進と学位(総長推薦博士,論文博士,課程博士,博士会推薦博士),私立大学を含めた大学教員市場などの分析を通して「非移動的」・「閉鎖的」・「エスカレーター式昇進」を浮き彫りにしている。大学院拡大政策による供給過剰と大学教員市場逼迫,および助手ポストの削減と任期付きポスドク増加という現代の焦眉の問題を対比させるとき,戦前期のアカデミック・プロフェッション養成体制の意味――それが「非移動的」・「閉鎖的」・「エスカレーター式昇進」と言われようが――が浮かびあがってくる。
戦前には大学予科旧制高等学校高等専門学校も存在したし,戦後になれば新制大学が発足した。これら戦前期と戦後期の高等教育機関および大学の教員市場を見渡すとアカデミック・プロフェッションの広さを痛感する。