1490炭鉱札

われわれは働いてその対価を賃金として受け取る。労働基準法(1947年施行)では「賃金は,通貨で,直接労働者に,その全額を支払わなければならない」(第24条第1項)と定め,通貨以外での支払いを禁じている。戦前においても通貨による賃金支払を定められてはいたが,炭鉱経営者は私札(「斤券(きんけん)」,「炭券(たんけん)」,「山札(やまふだ)」,「採炭切符」などと呼ばれていた)で支払っていた。炭鉱札である。明治から大正期の北部九州のほぼすべての炭鉱で発行されていたともいわれている。

炭鉱札は,炭鉱の経営者が発行した私札で,斤券(キンケン)、炭券(タンケン)、山札(ヤマフダ),採炭切符などとも呼ばれました。
炭鉱札は毎日の賃金支払いに通貨(現金)の代わりに,多くは1斤券が1里,100斤券が10銭,1,000斤券が1円の割合で支払われ,毎月きまった日に通貨と交換されました。しかし実際にはなかなか交換してもらえず,炭鉱内の売勘場(売店)や炭鉱指定店の中だけで通用しました。そのため急に現金を必要とする場合,納屋頭や炭鉱指定店,または高利貸から両替してもらいましたが,2割から5割という高い割引料をとられることもありました。
炭鉱札がいつ頃から使われ始めたかは明らかではありません。現在見ることができるもっとも古いものは明治18年(1885)のものです。この頃から大正8年(1919)頃までもっとも盛んに発行されました。大正8年筑豊石炭鉱業組合は福岡鉱務署の通牒を受け入れ,賃金の支払いはすべて通貨とすることとしました。この時,筑豊地方で炭鉱札のみで賃金を支払っていた炭鉱は,蔵内鉱業など10坑,一部現金一部炭鉱札で支払っていた炭鉱は,貝島鉱業など56坑,現金のみの炭鉱は三井,三菱,古河,住友の炭鉱など45坑でした。炭鉱札が中小炭鉱を中心にいかに大きな役割を果していたかがわかります。
炭鉱札はそれ以降も購買券や商品券などに形をかえて,昭和30年(1955)頃までみることができました。(九州大学附属図書館→https://www.lib.kyushu-u.ac.jp/ja/exhibition/coal[「新手炭砿 券石炭百斤採出之証」,「大隈炭砿 採炭領収之証石炭五拾斤」,「埴生炭坑 石炭百斤採出之証」,「旭炭坑事務所 証券石炭五百斤」,「大獄鉱業所 石炭量壱百斤採炭領収之証」,「大谷砿山事務所 証炭量拾斤」,「神田炭坑 石炭壱百斤採炭証(購買券)」,「広岡潤野炭坑事務所 炭量弐拾斤」,「大谷炭坑 石炭五拾斤採炭量数正標」,「忠隈炭坑事務所 証券石炭拾斤」,「小松ケ浦炭坑 石炭五百斤採出領収証」,「峰地炭砿 石炭五千斤採炭領収之証」,「三井大薮旧砿 採炭領収之証石炭五百斤」の画像資料も見ることができる])

炭鉱札は,「原始的蓄積典型期に根を据えし,囚人労働形態再出の,監獄部屋(納屋制度=友子同盟=人夫部屋)」(山田盛太郎『日本資本主義分析』岩波文庫,115ページ)とも関連し,日本の炭鉱業と資本主義発展の理解に欠かせない資料である。

九州大学附属図書館では「第62回九州大学附属図書館貴重文物展示 炭鉱札:法的グレーゾーンの「お金」のようなもの」(2025年12月9日〜25日)と関連講演会(12月18日)がある(→https://www.lib.kyushu-u.ac.jp/sites/default/files/top/Flyer_tankou2025_0.pdf)。

また,福岡大学図書館には炭鉱札「松本一郎コレクション」があり,炭鉱札画像のデータベース[全127件]もある(→https://www.lib.fukuoka-u.ac.jp/e-library/tenji/tankousatu/index.html)。

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