朝日新聞5月8日付け(第10版)に,「ベーシックインカム論熱気 国民全員に最低限の生活費支給」と題する樋口大二の署名記事があった。評者は2年前にある本(下記関連エントリー参照)といくつかのモノグラフィー読んだにすぎないが,友人の小沢がベーシック・インカム論の実現可能性をしきりに論じたこともあって(小沢『福祉社会と社会保障改革――ベーシック・インカム構想の新地平――』高菅出版,2002年,[isbn:9784901793049]),それなりに関心を持ってきた(本エントリーでは「ベーシック・インカム」と「・」を入れる)。
朝日記事では「大きな政府」論者も「小さな政府」論者もそれぞれの立場からベーシック・インカムの必要性を論じているとして,深刻な不況による貧困の拡大という背景があるとまとめている。
そんななか,日本科学者会議『日本の科学者』第45巻第5号(2010年5月号)[isbn:9784780705645]が「特集 新しい福祉社会のための構想」を組み,手厚い社会保障を内容とする福祉社会の核にこのベーシックインカムを位置づけている。
- 後藤道夫「選択の余地のない基礎的社会サービスを無料に――障害者自立支援法廃止の合意と保育改革――」
- 本田浩邦「新しい経済社会の可能性――日本経済の新たな二重構造と労働市場・社会保障――」
- 小沢修司「ベーシック・インカムは実現可能か――立ちはだかる壁を超えて――」
- 金澤誠一「現代日本の貧困と最低賃金制の意義――ナショナルミニマムの「要」としての最低賃金――」
- 河添誠「すべての若者に雇用と生活の保障を」
後藤稿は,障害者自立支援法廃止の基本合意を評価しつつ「選択の余地がない基礎的社会サービス」である障害者福祉サービス,高齢者介護,医療,教育などに利用料無料・現物給付を適用すべき理由を説明している。
本田稿は,日本経済の二重構造に雇用劣化と社会保障の空洞化の原因があるとし,ベーシック・インカムがフラットな労働市場(二重構造による企業規模間賃金格差の是正)と普遍的な社会保障制度を実現する一助になると論じている。
小沢稿は,ベーシック・インカムにたいする懐疑論(勤労意欲減退論,ばらまき論など)と新自由主義的理解にかんする批判的検討をふまえ,「右でも左でもない」性格と公共社会の所得保障としての意味を説く。
金澤稿は,ナショナルミニマムとして最低生計費を試算し,最低賃金の大幅な引き上げと全国一律最低賃金の必要性を展望する。また,最低賃金が保護基準だけでなく課税最低限,保険料の減免,就学援助制度,生活福祉資金制度などと関連することから,ナショナルミニマムの「要」になるとまとめている。
河添稿は,首都圏青年ユニオンの経験から,現在の非正規労働者の就労と失業の現状認識にもとづき新自由主義的改革を批判する。同時に,ベーシック・インカム論であたかもすべてが解決するかの議論に収斂することへの危惧を述べ,労働市場の最下層の雇用と社会保障の責任を果たす福祉国家の構想を提示する。
小沢がベーシック・インカムの「本体論」と「プラスα部分(社会サービスや最低賃金制など:引用者注)」とは切り離して論じようと整理するのは,45%の所得税率というわれわれの高負担を伴う構想であるだけに,現実的な議論への足がかりになるだろう。
- 関連エントリー
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