587堀越作治著『松川事件 六〇年の語り部』

書誌情報:東京図書出版会,143頁,本体価格1,200円,2011年3月8日発行

松川事件六〇年の語り部

松川事件六〇年の語り部

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著者は大学1年のときたまたま三鷹事件(1949年7月15日の三鷹駅構内で起きた無人列車暴走事件)に遭遇し,事故現場の一部始終を見ていた。卒業後は政治部記者として活躍した。本書は,著者らの政治記者OBによる会報の文章によって三大事件の背景を摘出し,松川裁判をまとめた伊部正之(『松川裁判から,いま何を学ぶか――戦後最大の冤罪事件の全容――』の著者,下記関連エントリー参照)の「語り部」としての業績を追ったものだ。
伊部の松川裁判解読と裁判闘争から見えてくる冤罪(=権力犯罪)・松川事件といまだ真相が未解明の松川事件を風化させてはならないという著者の思いが本書の行間に滲み出ている。伊部の仕事を「米軍占領下の日本で強行された国家権力による「冤罪」事件であり,それを被告・弁護団はもとより,なんと多くの人々の協力によって跳ね返したか」(35〜6ページ)の分析にあると評価し,伊部本でも詳しい松川裁判で「あらんかぎりのほめ言葉で持ち上げた」(105ページ)マスコミへも批判的に回顧している。
松川裁判資料の整理と保存にライフワークをかけた伊部という地味ながらも稀有な研究者にスポットライトをあてたことは,松川事件と松川裁判の現代的意味を探ろうとする著者の同時代人としての原体験(三鷹事件)に重なっている。当時の政治部記者たちが松川事件と裁判をどう見たのか。本書の新しさはここにある。
思想弾圧と政治路線の強行のために国家はその権力をどのように行使するのか。本書は,松川事件や裁判の帰趨を知らないとわかりずらいものの,無色透明な国家権力はありえないことを教えている。