600淺野秀剛著『浮世絵は語る』

書誌情報:講談社現代新書(2058),口絵11+252頁,本体価格860円,2010年7月20日発行

浮世絵は語る (講談社現代新書)

浮世絵は語る (講談社現代新書)

  • -

こと芸術作品の鑑賞については審美眼はないと自覚している。生齧りの知識で鑑賞するなという自戒の意味で鑑賞は感性によるべしと居直っている。ましてや浮世絵となれば数えるほどしか本物を見たにすぎない。とはいえ,作者の技法の特徴や変遷,時代背景や技術的知識があれば鑑賞を深化させ,鑑賞の楽しみを増幅させるのはまちがいない。
浮世絵の作品考証はなかなかスリリングである。美人画,役者絵,名所絵のうち有名どころを素材に「何を」「誰が」「いつ」という考証とその手続をつぶさに叙述している。吉原のガイドブックとの照合,作品の様式の判断,署名,書き入れ,絵本番付・役者番付・辻番付などとの照合,版元印,江戸歌舞伎の知識などいくつかの手掛かりから特定していくのは総合力を駆使した推理(=論理)そのものである。
いくつかの仮定があって成り立つ考証は科学する過程そのものだ。さらに基本的な部分を押さえていく詰めそのものが作品解読につながっていく。当時の諸資料や歌舞伎研究書を参照し立論の根拠を出し惜しみしていないのがいい。「作品考証の基本は,どんな場合でも,類似の作品をできるだけ集めること」(105ページ)や「美術史家は様式的判断から自由ではあってはいけない」(118ページ)とは客観性を担保しつつも最後は「勘」によると言っている。
タイトルのように浮世絵がみずから鑑賞者に何かを語っているかのように思えてきたのだった。