645野間宏著『暗い絵 顔の中の赤い月』

書誌情報:講談社文芸文庫スタンダード(002),349頁,本体価格1,500円,2010年12月10日発行

暗い絵・顔の中の赤い月 (講談社文芸文庫)

暗い絵・顔の中の赤い月 (講談社文芸文庫)

  • 作者:野間 宏
  • 発売日: 2010/12/15
  • メディア: 文庫

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年譜によると,1935年(昭和10年)――野間20歳――にこうある。「4月,京都帝国大学文学部仏文科に入学。5月,京大事件を記念した秘密集会に参加。以後,『資本論』読書会に参加する。6月,竹内勝太郎が黒部峡谷で遭難死した。秋頃,永島孝雄,小野義彦,村上尚治らによって学生活動グループ「京大ケルン」が結成される。布施杜生とともに野間はこれに接近。他方,神戸の労働者の運動家たちと交流を結んだ。12月,『三人』11号(竹内勝太郎追悼号)を発行」(331ページ)。ブリューゲル画集の心象を折り込んだ一種の悪文――「悪文が悪文でありながら,その悪文であることによって表現しようとしているものを受けとめたからこそ,「暗い絵」はそれ以前の文学とは決定的に異なるものとして支持された」(紅野謙介の解説)――で戦前期の京都大学反戦運動を描いたのが表題作『暗い絵』である。
ブリューゲル画集への想いを語った登場人物は主人公・深見を除いて獄死する。作者と主人公・深見はその重みを戦後という可能性に変えようとしているようだ(本書収録の6編は野間の戦後直後に発表された初期短編集だ)。なかでも木山省吾は「父は著名な著述家であり,啓蒙的な左翼思想家である」(102ページ)として紹介され,「太平洋戦争の勃発直後,ビラ撒きの役割を引き受け,3日間潜伏していて直ぐに検挙され,後獄死した」(95-96ページ)。さきの解説にあった布施杜生――布施辰治の三男――のことである*1。「不細工な,不恰好な,不器用な,そしてそういう自分をいつも意識していて飾りをすてようすてようと努力している,以前から苦しみのあの自意識を強烈な意識で正当に整理しようとしている」(105ページ)とも描写されている。
ブリューゲルのなかの「泥まみれのキリスト」と木山を重ね,「ただ旗を揚げ,旗の位置を示すだけで」「逮捕」されてしまった彼の決意までが語られる。
大石杜生のことは大石進著『弁護士布施辰治』(関連エントリー参照)で知った。

*1:杜生の遺作に『獄中詩 鼓動』(永田書店,1978年)があり,残した小説・評論・詩歌の草稿類は大石進の手元にある(大石著112ページ)。